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家憑き童子の章

新しい家

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エンディミオンを責めることがなかったさくらと同じく、アオとミハエルも、不発弾がそのまま放置される、もしくはリフォーム工事中に爆発するといった危険を回避することになったわけだから、彼を責めるつもりなど毛頭なかった。

それについても、エンディミオンにとってはむしろ気まずいくらいだっただろう。

いっそキレて怒鳴り込んできてでもくれれば、思い切り憎むこともできたのに。

どうにもこうにも、日本に来てから調子が狂いっぱなしだ。しかもそれをあまり不快に思っていない自分がいる。

結局、エンディミオンは心の奥底では、こういう、平和で平穏な暮らしを望んでいたということなのだろう。

ただしその一方で、吸血鬼に対する憎しみそのものは消えた訳ではない。

消えた訳ではないが、取り敢えずさくらと一緒にいる間は後回しにしてもいいかという想いはますます強くなる。

「俺も、新しい家に一緒に住んでもいいのか……?」

電話越しに、つい、そんな風に問い掛けてしまった。

するとさくらは、

「当たり前だよ。エンディミオンとあきらと私で家族なんだから」

微笑みながらそう言った。

「家族……」

エンディミオンはその言葉を繰り返した。

ずっと自分には縁のないものだと思っていた。なのに今は、それが普通に自分の目の前にある。

左手にはスマホ。右手では日本に来てからずっとナイフ代わりに携行していたアルミ製の定規を器用にくるくると回しながら、彼は目を伏せていた。

『オレも甘くなった……』

自嘲気味に笑みを浮かべるものの、やはりかつてのような荒んだ冷たさが自分の中で薄れてしまっているのは事実だった。

「……お前が俺の家族だと言うのなら、俺はお前がこの世を去るまで守ってやる。洸もな」

ウェアウルフの寿命は、人間とそれほど変わらない。エンディミオンよりは確実に先に死ぬ。ならば、二人がいなくなるまでは今の生活を続けてもいいと、改めて思った。

どうせ自分の人生は長い。その中の一時的な休暇のようなものだと思えばいい。少々長い休暇だと。

エンディミオンはそう自分に言い聞かせた。



そして夏が過ぎ秋を迎える頃、さくらとエンディミオンと洸が住むための家が完成した。

見た目には確かに小さくていかにも<日本のウサギ小屋>ではあったものの、それでもさくらが住んでいたワンルームマンションよりは広い。

さっそく引っ越しを行い、五歳くらいの見た目にまで成長した洸を抱いたさくらと、日光を遮断するブルゾンのフードを目深にかぶったエンディミオンが、引っ越し業者が荷物を運びこむ様子を見ていたのだった。

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