上 下
144 / 291
ほのぼのの章

自分が大人に

しおりを挟む
「……腹減った……」

プロットを保存し「ふう…」と溜め息を吐いたアオは頭が切り替わるのを感じ、それと同時に空腹感を覚えた。

ふらりと立ち上がってキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。そして豆腐のパックを取り出して包丁で開け、そこにチューブの練り生姜を付けて刻みネギと醤油をかけ、皿などに移し替えることもないまま、器用に箸で食べ始めた。

料理と後片付けが面倒なので、親が自分の食事の用意もしなくなった小学校高学年頃からの習慣である。

「もう五年生なんだから自分でできるでしょ」

母親はそう言って、彼女の分の食事を用意しなかったのだが、そのクセ、兄の分はしっかりと用意していたりもした。

「お兄ちゃんは勉強が忙しいから仕方ないの。あなたはマンガばっかり読んでて勉強してないじゃない」

と<言い訳>を並べて。

しかも、

「これは自立心を養うためにやってることだから。私は低学年の頃から自分からやってたけどね。言われなきゃやらないとか、あなたは本当にダメな子ねえ……」

心底見下した目で彼女を見ながら呆れ果てたように言い放った母親の言葉が、今でも鮮明にアオの脳裏に焼き付いている。

『自立心を養うために食事の用意も子供自身にやらせる』のだと言うのなら、兄も同じように接しないとおかしいはずだが。

そういう<大人の嘘>を見せ付けられて、アオは育ってきた。

とは言え、それを恨んで、他人に八つ当たりすることでストレスを発散しようとは彼女は思わない。それをするのは、本当に『負け犬になること』だと思っているからだ。

他人を罵って憂さを晴らすような人間に<自立心>なるものがあるとも思っていない。それは、

『憂さを晴らしストレスを発散する相手に依存している』

ことだと思うから。

だから、<チラシの裏>とはいえ、さくらの前で<作家先生様キャラ>になって好き放題言っている自分のことも、いまだに本当の意味で<自立>できているとも思っていない。

そういうことをしなくても穏やかな気持ちでいられるようになった時、ようやく本当に精神的にも自立できたと言えるのだと思っている。

ただ、他人に自分のことをあれこれ言われても気にしないようにできている点については、ある程度の精神的自立を成し遂げられてきているのではないかと自負もしている。

他人の無責任な言動に惑わされるのは、やはり自立できているとは思えないからだ。

ミハエルと一緒にいることで、ミハエルの下で自身を育て直すことで、アオはようやく、自分が大人に近付いているのだと実感できていたのだった。

しおりを挟む

処理中です...