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平穏の章

不幸とは

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唐揚げが食べたいというエンディミオンの為に、さくらは深夜までやっているスーパーに寄り、材料を買った。

もっとも、いくら深夜まで営業しているとは言っても、さすがに夜の八時を大きく過ぎている今の時間帯では、めぼしい生鮮食品は残っていなかった。

それでも、見切り品の鶏もも肉が手に入り、

『よかった…これで<手作り>できる…』

と、さくらはホッとしていた。もしこれで材料が手に入らなかったとしたら、コンビニ辺りで<唐揚げ弁当>を買い、それを揚げ直すことで<手作り感>を出すという外し技を使うしかなかっただろう。

エンディミオンならそれでも満足してくれただろうが、さくらとしてはやはり手作りしてあげたかったのだ。

さくらは、決して下手ではないが特別料理が上手いというわけではない。仕事が忙しいこともあって、自分一人で食べる分には、コンビニ弁当やスーパーの総菜でも十分構わないと思うところもあった。

でも今は、エンディミオンがいる。彼に、しっかりと丁寧に人の手が入った<あたたかい食事>を食べてほしいという想いもあった。

過酷な世界で生きてきた彼だからこそ、人のぬくもりを感じられるような食事をしてほしかったのである。

二人でさくらの部屋に帰り、さっそく、夕食の用意を始める。

正直、帰りに何か食べていくつもりだったので腹も減ってたが、唐揚げに添えるつもりで買ったプチトマトをつまみながら唐揚げを作った。

さくらのそれは、これと言った工夫もない、実にオーソドックスなそれだった。グルメ系のフィクションなどでは、それでは納得してもらえないかもしれないものの、そこまで凝った料理ができるほどの腕はさくらにはなかった。

ただ、エンディミオンに美味しいものを食べてほしいと思い、丁寧に作るだけである。

よく、『料理は愛情』とは言われるが、実はさくらはそれに対しては懐疑的な立場だった。

『最低限の技術はやっぱり必要だよね』

とは思うのだ。

彼女の母親も言っていた。

「<愛情>っていうのは、美味しいものを食べてほしいと思って丁寧に作ることを言うんだよ」

と。

もっとも、その母親も、さくらの弟が事故で亡くなったことをきっかけに心を病み、今ではもう見る影もないが……

それでも、家族に対して愛情を向けてくれていた母親の姿は、しっかりとさくらの中に息づいている。

だからこそ彼女はエンディミオンに美味しいものを食べさせたいと思うのだ。

そして彼女は、これまでの人生で学んだ。

『<不幸>とは、<不幸な出来事>だけを指すのではない。

不幸とは、<不幸な出来事に心を囚われてる状態>のことこそを言うのだと』

だから彼女は今、幸せなのである。

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