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ナイトストーカーの章

肉迫

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ミハエルと一緒にいたアオの姿を見付けたことで、ストーカーの女性は色めきたった。

『あいつを張っていればきっと彼にも会える…!』

と。

そしてさっそく、張り込みを開始する。

翌日以降も<体調不良>を理由に会社を休んで。

ここまで来るともはや社会生活にも差し障るのだから、精神医学的にも<病気>と判断されるだろう。そう判断される一つの指針として、

『社会生活、日常生活に支障が出る』

というのがあるのだから。

虚偽の理由で連続して欠勤するのは、確実に『支障が出ている状態』と言えるに違いない。

しかし、彼女の周囲の人間は誰もその時点で対処してくれなかった。今も一緒に暮らし、それでいて生活費の類は一切家に入れずに<寄生>状態の孫娘に何も言えない祖父母に至っては、会社を休んでいることすら気付かなかった。

仕事に行くように朝から出掛けて、夜遅くに帰ってくることもあり、どこか『普段と違う…?』と感じながらも深く考えることをしなかったのだ。

自分達に都合の悪いことは考えたくなかったが故に。

ここで何らかの対処をしていればと悔やまれる事例は少なくないかもしれない。

これも、そういう事例の一つになってしまうのだろうか。

と、<そういう事例の一つ>になることこそを期待している者もいるのだが。

エンディミオンである。

さくらが打ち合わせの為にアオの家を訪れているのを、いつものように公園で待機していたのだ。

するとまた例の女性が今度は明らかにアオのマンションを監視しているのが分かる様子で見受けられた。

『ほうほう。どうやら目星を付けられたようだな。これは愉快愉快。

さて、どうなることやら……』

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、春も近いとはいえ夜の冷え込みに体を震わせつつ監視を続けるその女性の姿を、エンディミオンは見ていた。

だが今度は、そんなエンディミオンの様子にさくらが気付いた。

打ち合わせが終わって会社に戻ろうと歩き出したさくらの隣にすっと現れたエンディミオンが僅かに顔をほころばせていることを見抜いたのである。

で、察してしまった。

「もしかしてあのストーカーの女性がまたいたの?」

お人好しでトロそうに見えて実は鋭いさくらの指摘に、エンディミオンが苦笑いを浮かべる。

「まったく…お前は変なところで勘がいいな。まあそういうことだ。どうやらあのマンションが怪しいと目星を付けたようだぞ」

「そんな……!」

いよいよ近くまで迫られていることを知り、さくらは居ても立ってもいられずにスマホを手にした。

「先生! あのストーカーがマンションを突き止めたみたいです……!」

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