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ナイトストーカーの章

運命の再会

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<完璧なもの>というのは確かにそれだけで美しいのだろうが、実は普段からそれを目の当たりにしていると、逆に不安になったり、飽きてしまうということが少なくない頻度で起こる。

人間そのものが本来は完璧ではないからかもしれない。己が完璧ではないことを思い知らされ、打ちのめされるのだと思われる。

たまの<ハレの日>などに着るのであればまだしも、日常的に着る普段着としてはいささか大仰と言えるだろう。少なくともアオの感覚としてはそうだった。

「いいね! こっちにしよう。あ、でも、さっきのも買っとこ。ビシッと決めたい時に着ればいいんだしさ」

「分かった。アオがいいならそれでいいよ」

こうして、さらにミハエルが三着を選び、合わせて五着の服を買うことになった。

「大丈夫?」

会計の時にそう問い掛けたミハエルだったが、

「だいじょぶだいじょぶ。貯えだけは無駄に多いから」

とアオは余裕の表情だった。実際、浪費癖のない、いや、厳密にはなんだかんだと買い物はするものの、収入に比べれば微々たるものであったために、使いきれずに貯まっていたのである。だからこういう時にこそ使いたかったのだ。

こうしてホクホク顔のアオと、そんな彼女の様子に和んでいたミハエルが店を出た時、二人を見詰める視線があった。

「……」

アオはまったくそれに気付かなかったが、ミハエルはさすがに察していた。

敵意は感じない。しかし、ねっとりと絡み付くかのような、正直、あまり気分のいいものではない視線。

敢えてそちらには目を向けず、意識だけを向けると、そこにいたのは一人の若い女性だった。

年齢としては二代半ばくらいと言ったところだろうか。ブランド物のビジネススーツに身を包んだ、やや化粧が濃い、緩くウェーブした明るい色の髪を肩の辺りまで伸ばし、一見すると<美人>と言って差し支えない容姿をしつつも、こちらを、いや、正確にはミハエルを見る目には、どこか得体のしれない気配が込められているのを感じ取っていた。

『またか……』

ミハエルは少し悲し気な表情になり、声に出さずにそう心の中で呟いた。

たまにいるのだ。彼に魅了されて、尋常じゃない執着にとり憑かれる者が。

いわゆる<ストーカー>となる者が。

ミハエルはその女性に見覚えがあった。アオのマンションの近所のコンビニに買い物に出た時に店内にいて、彼を見た瞬間に電気にでも打たれたかのように硬直した女性だった。その瞬間に彼に魅了されたのは分かっていたのだが、別に珍しいことでもなかったので、コンビニを出たところで再び気配を消し、その時はまいてみせたのだった。

だが、なぜかその女性がここにいた。

おそらく、偶然だったのだろう。本当にたまたま仕事帰りに通りがかったところで彼に再会してしまったのだ。

困り顔になったミハエルを見る女性の目が、言っていた。

『まさか再会できるなんて、運命に違いない……!』

と。

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