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邂逅の章

人間関係というのは

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ミハエルは確かに吸血鬼だが、そのメンタリティは人間のそれと極端な違いはなかった。

かつては大きく乖離していたこともあったとしても、人間と無闇に敵対しても得るものがないという事実を理解してからは、吸血鬼の側が人間に歩み寄ってきたのである。

しかしそれでも、長く<恐ろしい怪物>として人間に認識されてきた事実は消せず、今なお彼らの存在は公にはされていない。

アオとミハエルのように、ごくごく一部で、個人的な交流があるにとどまっているのが現状だった。

とは言え、このこと自体が既にかつてと比べれば大きな進歩であり、人間と吸血鬼が真に共存していけるようになる一歩であるのは間違いないだろう。

ミハエルに背中を流してもらいながら、アオもそれをしみじみと感じていた。

『なんか、本当にただ親戚の子が転がり込んできて一緒に暮らしてるみたいだな~……』

こうやってお風呂に入っても、意外と興奮はしない。自分の小説の中では最後の緯線を超えてしまわないように少年の側も女性の側も自身を抑えるのに苦労するという描写に延々と文字数を費やしてきたが、実際になってみると本当に当たり前のように落ち着くことができた。

もっともそれは、相手がミハエルであることに加え、派手に鼻血を噴くという醜態を実際に晒してしまったことによってそれどころじゃなくなったというのが大きな理由なのだろうが。相手がもし、普通に、女性に対して少なからず興味を持っている人間の少年であった場合には、こうはいかなかったかもしれない。

だが、性的な関心は避けがたいことだとしても、人間関係というのは(この場合、相手は吸血鬼ではあるが)、それだけで成立している訳でもないのも事実ではある。

夫婦であってもしばらく連れ添っている間に、男女の営みの回数が減り、やがてなくなってしまうこともあるように。

それが原因で関係が冷めてしまうことも少なくないのも確かではあっても、良好な関係が続く例もあるのもまた事実なのだ。

アオとミハエルは、この時点で、既にそうなれる可能性が高かったのだろう。

『セクシーな路線を求めてる読者には申し訳ないけど、こういうのもあるんだなあ……』

交代して今度はミハエルの背中を洗いながら、すごく冷静になってきている自分を自覚し、アオはそんなことを考えていた。

なお、アオもミハエルも、タオルのようなものは使わなかった。石鹸をたっぷりと泡立てて素手で体を撫でるように洗う。アオ自身、昔からずっとそうしてきた。幼い頃、母親にタオルでごしごしされると肌がヒリヒリして嫌だったので、一人で入るようになってからは、自然と、タオルやスポンジは使わないようになったのである。

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