上 下
60 / 291
邂逅の章

嘘や誤魔化しは

しおりを挟む
世の中は、何でもかんでも正直に受け答えすれば常に上手くいくというものでもないのは紛れもない事実だろう。

時には嘘を吐き、その場を取り繕いうことだって必要な場合もある。

だから、

『正直に誠実に対応すればきっと上手くいく』

と考えた訳ではなかった。単に、

『嘘や誤魔化しは通用しない。そんなことをしたら見透かされて逆に不信感を招く相手だ』

と察しただけである。

そしてそれは正しかった。長く生き、たくさんの人間と向き合ってその表情を見、言葉を聞き、仕草を感じ取ってきたミハエルには、浅墓な嘘など通用しなかった。<吸血鬼の能力>で見破るのではなく、単純に積み重ねてきた経験がものをいうのだろう。

<メンタリスト>とか呼ばれる者達が、相手のほんの僅かな視線の動きや表情菌の動き、仕草で心理を読み取ったりするのと同じことだ。彼にとってはまったく造作もないことだった。

これは、エンディミオンの方も同じである。だから彼は、自分のことを話したりしないように言わなかったのだ。

そんなことをしても無駄だと知っていたからである。

吸血鬼とバンパイアハンターとの間には、人間がよくやるような<心理戦>や<騙し合い>は実は少ない。そんなことが通用する相手でないことをお互いに知っているが故に。

その為、殆どが単純な力のぶつかり合いになる。ただ少しでも自分に有利な条件で戦う為にある程度の駆け引きを行うだけだ。

と言っても、

『満月の夜には能力が最も高まる』

のも双方同じなので、それを狙うのはあまり意味がない。逆に、能力が最も下がる新月の夜などに、罠などを用いて勝負を決めることも少なくなかった。

心理戦はあまり通用しないが、それでも罠を張ることなどはする。そのことを相手に悟られないようにする為にはそもそも顔を合わせたりせず、不意打ちを行うのが戦略的には最も正しかった。

だが、『お前が承諾するまでは手出しはしない』とさくらに告げてその通りにしている時点で、不意打ちにもならない。さくらが吸血鬼に会ってしまえば悟られるのだから。

それでもなお勝てる自信があればこそのことだった。

吸血鬼は自らの能力を過信し、敢えて磨くことはしないのが普通だった。そんなことをしなくても強いのだから。

しかしバンパイアハンターは違う。<吸血鬼を狩る>ことを目的にしている以上は、確実に勝たなければいけない。

だから己を磨く。そして吸血鬼を超える。

その自負が余裕となっているのだろう。

そんな点も、既にミハエルは察していた。不意打ちをするのではなく、自分が接触したさくらをこうして寄こすことの意味を。

「僕を狙っているのでしたら、じたばたしても始まらないですね。分かりました。勝負をお受けします。

でも、アオには危害は加えないでください。彼女は眷属ではありませんから。

そうお伝え願えますか?」

しおりを挟む

処理中です...