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エンディミオンの章

逆転

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とかく日本人は平和ボケしていると言われるが、それは本当だろうか?

ただ単に平和ボケしたお人好しが、世界からも一目置かれる存在になれるのだろうか?

日本の企業が世界の大企業を相手に渡り合えてきたのは、お人好しそうに見えるのと同時に、少なくともタフな交渉を行える程度の強かさを持っていたからではないのか?

平和ボケとかお人好しだとか言いたがるのは、とかく自分を卑下したがる日本人の<癖>が表れたものではないだろうか?

人間である限りは向き不向きがあるのは当然のことだと思われる。さくらは暴力的なことに関しては向いていないかもしれないが、別に、荒事に対して適性があるのが優秀な人間であるという意味にはならない筈だ。

エンディミオンを相手に、今、対等な立場に立ってみせたのは、そういうことなのだろう。自らが得意とする分野で力を発揮してみせればいいのだ。

しかしこうなると逆に、さくらがペースを握った形になるのかもしれない。対等どころか、逆転したとも言えるかもしれない。

家に帰った彼女は、脱衣所の洗面台でメイクを落とした後、ソファーに腰かける彼に向かって声を掛けた。

「一緒にお風呂に入りませんか?」

「…な……っ!?」

これにはエンディミオンの方が慌てさせられた。余りに脈絡もなく突拍子もない提案に、それまでは厳めしい<しかめっ面>をしていたのが崩れて、あどけない子供の顔つきに戻ってしまう。

「お前、バカか!? 俺はこう見えてもお前よりはるかに年上で、<男>だぞ!? その男と一緒に風呂に入るというのがどういうことか、分かっているのか!?」

そう食って掛かる彼に、もう、さくらは怯えることもなかった。

「そうですね。でも、あなたは私の信頼を得る為に私を守るんですよね? だったら変なこととかもしないでしょう?」

「……ぐ…!」

その通りだった。いくら実年齢では<大人>であり立派な<男>であっても、それだけにエンディミオンは、必要とあらば自分を律する程度のことはできた。故に、無防備に眠る彼女に対しても何もしなかったのだ。

さくらはもうそれを察していたのである。

「昨日もお風呂入ってませんでしたよね? 私を守る為に傍にいるのなら、お風呂くらい入ってください」

「べ…、別に風呂なんか入らなくたって死なん!」

「死ぬか死なないかの問題じゃありませんよ。単純に汚いと言ってるんです」

「お、オレ達ダンピールは人間ほどは汗はかかん! だから汚くなんかない!」

「確かにあなたは臭くないです。でも、汗はかかなくても汚れます。私は、お風呂にも入らないような人は信頼しません。私に信頼してもらいたいならお風呂くらい入ってください」

「なんだその理屈は!? 訳が分からんぞ!」

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