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エンディミオンの章

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「やれやれ、スラムのよりはマシだが、日本の家ってのはどうしてこうチマチマしてて狭苦しいかね」

部屋に入るなり無礼極まりない悪態を吐くエンディミオンには構わず、さくらは風呂の用意をした。ホテルでもシャワーは浴びたがその後にも冷や汗をかいたりしたので改めてすっきりしたかったのだ。

恐ろしい大量殺人犯が自分の家にいるというのに何と呑気なと思うかもしれないが、何故かこの時、さくらは開き直りのような気分になっていたのだった。

『殺す気ならとっくに殺してるよね……』

と。

「……冷蔵庫の中のものなら勝手に飲み食いしていいから……」

そう言い残し、バスルームへと消える。

風呂はタイマーをセットしてあったので、着替えさえ用意すればすぐに入れた。と言うか、普段は風呂から上がると基本的には下着だけになる。風呂に入っている間に部屋も暖房で温めるからだ。

「ふん……」

自分がいるにも拘らず堂々と風呂に入ってしまったさくらを見送り、エンディミオンはさっそくリビングダイニングの片隅に置かれた冷蔵庫を勝手に開けて中からヨーグルト飲料のパックを取り出し、それに口をつけてゴクゴクと飲み干した。恐らくまだ八割方残っていたと思われる一リットルパックのものを綺麗に。

「食い物や飲み物は美味いんだがな。日本は……」

空になったヨーグルト飲料のパックをシンクに放りつつ、エンディミオンはソファーに向かって歩き出し、どっかと腰を下ろした。

その姿は、見た目こそ十歳そこそこの子供でありながら漂わせている雰囲気は完全に大人のそれである。

腕を組み足を組み、睥睨するかのように部屋を見回すと、そこは綺麗に片付けられた清潔感のある空間だった。部屋の主の性格を表しているのが分かる。

「真面目で綺麗好きな女のようだな…」

呟いたその声には、僅かに感心したような響きが含まれていた。

「まあ、それでこそ守り甲斐があるというものだが」

横柄にそう口にしておもむろにまた立ち上がり、今度は部屋の間取りでも確認しようというのか、隅々を歩き出した。

と言ってもワンルームマンションの部屋なので他にはトイレとバスルームと、小さなウォークインクローゼットがあるだけである。

それらを確認してから今度はカーテンが閉められた窓へと近付き、しかし正面には立たずにカーテンを僅かにめくって外を見た。

比較的新しい、単身者向けのマンションの三階なので、眺めは特段『良い』とも言えなかったが、それでも周囲の建造物等の状況を把握するには十分だった。

「わざわざ狙撃で狙われるような奴じゃないからいいとしても、これじゃ『狙ってください』と言ってるようなものだな。その辺りが考えられた造りに全くなってない……

やれやれだ……」

呆れたように言いながら、エンディミオンはいくつものビルが立ち並ぶ景色を眺めていたのだった。

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