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エンディミオンの章

エンディミオン

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少年に操られてビジネスホテルに入ったさくらは、やはり自我をなくした状態のまま、シャワーを浴び、自分の尿で汚れたスカートと下着を洗い、それをドライヤーで乾かし始めた。

そして、下着がほぼ乾いて、暖房になっているエアコンの風が当たるところにハンガーに掛けて吊るし、今度はスカートを同じようにドライヤーで乾かしている時、

「…え……?」

と小さく声を発して、呆然と周囲を見回した。目に意志の光が戻っているのが分かる。

その目がソファーに座っていた少年を捉えると、

「ひ…っ!」

息を詰まらせ、顔を強張らせた。

「ふん…正気に戻ったか。だが、記憶はあるはずだ。状況は分かっているな?」

「……!」

少年の問い掛けに、さくらは声も出せずに何度も頷いた。自我を失っている間も記憶だけはあるということだった。だから自我が戻った時に、どうして自分がこんなことをしているのかが理解できなくて混乱してしまったということである。

しかし少年はそんな彼女に構うことなく、ソファーに深く腰掛け腕を組んだまま、尊大に語り始めた。

「オレの名前はエンディミオン。バンパイアハンターだ。ここまで言えば目的は分かるだろう? お前が会った吸血鬼バンパイアのところに案内しろ。

言っておくが、お前に拒否権などない。オレの言うことを聞かなければお前も吸血鬼の仲間と見做して<始末>する」

「し…始末……?」

「お前を殺すということだ」

そう言いながら手にしていた<定規>を自らの首に当て、ぎっと横に滑らせた。

だがここまできてようやく、さくらも少しだけ冷静さが戻ってきたらしい。少年が手にしているものに気付き、

『……あれって、ナイフじゃなかったんだ…<定規>だよね……』

などと思い、僅かにホッとした様子を見せてしまった。

が、エンディミオンと名乗った少年はそれを見逃さなかった。そしてそれがひどく気に障ったらしい。

ギリっと全身を強張らせ、言った。

「…お前、これがただの定規だと思っただろう? そうだ。ただの定規だ。だが、お前の首を撥ねるくらい、これで十分だぞ……!」

その言葉が終わるかどうかという瞬間、少年の姿がまたも消えた。

「!?」

かと思うと、今度は目の前に突然現れ、ヒュッと何かが奔り抜けるのが分かった。

その感触だけで皮膚が裂けそうな鋭い何か。

すると、パサッと柔らかいものが床に落ちる気配が。

「……あ…」

思わず視線を向けた先にあったのは、ベージュ色の小さな布切れがいくつか。

下着だった。干していた下着がバラバラになって、床に落ちていたのだった。

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