JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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最終章

終結 ~月城こよみと日守こよみ~

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…ちっ! マズいな…!!

まだ僅かに奴の力の方が強い。こちらは既に今の体で発揮しうる最大の力を振り絞っている。

この規模となれば、もはや技や術の問題ではない。単純にどちらの出力が大きいかの差でしかない。これ以上の力を望むとなれば、この体を捨てて本来の私に戻らなければならなくなる。そうなればもう、私は今の私ではなくなり、地球どころか太陽系ごと全てを消し去って、しかもそのまま巻き戻しもせず捨て置いてしまうかも知れない。それでは意味がない。

それどころか、私が本来の私に戻れば、ハリハ=ンシュフレフアも本来の姿に戻るだろう。下手をすれば百億年前の二の舞だ。

あの時でさえ、本体そのもので戦ったわけではない。それでも一つの宇宙がバランスを失って破壊された。超越者同士の戦いとは、最終的にはそういうものなのだ。

おのれ…! あと少しだというのに…!!

その時、私の前に人影が現れた。

「なによもう! 大きな口を叩いておいてそのザマ!?」

聞き慣れた憎まれ口だった。月城こよみだ。そうか、お前はまだ生きていたんだな。だが、今さら月城こよみ一人が協力してくれたとて、まるで意味がない。こいつの力ではこの差は埋まらない。こいつが役に立つ方法はただ一つ…

その私の思考をこいつも読み取っていた。こいつも私だったのだから、分かってしまうのだろう。

「しょうがないなあ。協力してあげる。その代わり、絶対勝ちなさいよ! 負けたら許さないからね!!」

そう言って満面の笑顔で、親指を立てて、月城こよみは牙の渦の中へとその身を躍らせた。そんな月城こよみの体が真っ赤な雲に変わるのに、コンマ一秒も必要なかった。痛みも苦しみもなく、一瞬で粉々だっただろう。

あいつも私だったのだから、自分を投げ捨てる時は躊躇うことすらない。

だが……

だが、今のお前は私ではない。クォ=ヨ=ムイではない……

矮小で、

脆弱で、

愚かで、

可愛い、

ただの人間だ……!

人間なら、もっと自分を大切にしろ! 

軽々しく命を投げ捨てるな! 

私がいつだって巻き戻してやるとは限らんのだぞ……?

愚か者め…!!

……

………

…………!

私の中で何かがギリギリと締まるのが感じられた。怒りや悲しみなどという単純なものではない。だが、それらとはまるでかけ離れたものでもなかった気もする。

「ぬ…う…う、あ…あぁああぁぁぁああぁぁ―――――っっっ!!!」

私は叫んだ。己の中に湧き上がったものをただ吐き出すように叫んだ。

「があっ! があぁっっ!! がああぁっっっ!!!」

そして、月城こよみの判断が、状況を動かした。僅かにハリハ=ンシュフレフアの側が上回っていた力が、逆転したのだ。

メリメリと音さえ立てて空間ごと奴が裂けるのが分かる。

こうなればもう、容赦はしない。

「ぐぅおおぁあぁおおぁあぁぉおおおあぉぁお―――――っっっ!!!」

私はもう一切出し惜しみすることなく、私の中にあるものすべてを使って、この体で振るえる最大の力を振り絞って、ハリハ=ンシュフレフアを掴み、引き裂いた。

すさまじい空間震が伝播し、月と火星と金星が消し飛び、水星が弾き飛ばされ、太陽が歪む。

地球だけは私の結界で辛うじて原形をとどめたが他は知らん。後で巻き戻してやるから心配するな。

こうして私は、ハリハ=ンシュフレフア本体と繋がっていた空間と次元ごと、奴を完膚なきまでに捻じ切り粉砕した。



おぉぉぉおぉおおぉぉおおぉおおおおぉおおぉおぉぉぉぉおおおぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーっっっっっ



この宇宙そのものを震わせるかのような雄叫びが、次元さえ捻じ曲げて太陽系の外にまで突き抜けた。

ハリハ=ンシュフレフアの断末魔だった。

だがその時、同時に私の中でも、

バキンッ!

と音を立てて何かが砕けるのを感じたのだった。

ははは、さすがに無茶が過ぎたようだ。この体を維持する為の、私の本体との繋がりが、砕けてしまった。

でもまあいい。私が勝ったことには違いない。

ハリハ=ンシュフレフアそのものを食い、全てをエネルギーへと変換する。この体が形を失う前にこれまでに失われた一切合切を巻き戻す為だ。地球上に残っていた化生共も、透明な手で撫でてやって食った。それらもエネルギーに変えてやる。

それを使って冥王星も土星も木星も火星も巻き戻し、太陽も巻き戻し、月も巻き戻し、地球の地軸も自転速度も巻き戻し、砕けた地殻も巻き戻し、地表を巻き戻し、海を巻き戻し、空を巻き戻し、生物を巻き戻し、最後に人間を巻き戻した。

そこまでの巻き戻しにはさすがに途方もないエネルギーが必要だった。ハリハ=ンシュフレフアと奴が連れていた化生共全てを食っただけでは、僅かに足りなかった。その足りない分は、私自身を使った。なに、私を楽しませてくれた礼だ。遠慮はいらん。

ほぼ全ての人間を巻き戻し、最後に私の身近な人間達を巻き戻した。黄三縞神音きみじまかのんを、広田を、今川を、玖島楓恋くじまかれんを、貴志騨一成きしだかずしげを、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかを、新伊崎千晶にいざきちあきを、赤島出姫織あかしまできおりを、黄三縞亜蓮きみじまあれんを、肥土透ひどとおるを巻き戻し、石脇佑香いしわきゆうかの肉体も巻き戻した。

この時点で、私の存在はもうほぼ失われていた。姿を維持することさえできず、もはや誰にも見えないだろう。それでも僅かに残った力を振り絞り、月城こよみを巻き戻した。そして本当に最後の最後に残った力で、古塩貴生ふるしおきせいも巻き戻してやった。

なぜ古塩を巻き戻したかって?

何の力も無いただの人間としてこの先も生きてもらうために決まっとろうが。肥土にコテンパンにやられる程度の非力な負け犬としてな。

これで、全ての人間の巻き戻しは終わった。一人残らずだ。

ただ、ショ=クォ=ヨ=ムイに体を乗っ取られた代田真登美しろたまとみについては、すまん、どうすることもできなかった。奴が気まぐれで返してくれるのを期待するしかない。

人間達の記憶も、今回のことが始まった時点、正確には碧空寺由紀嘉が古塩貴生に殺される直前まで巻き戻しておいた。

しかし、時間そのものは巻き戻らない。時間というのは物質が変化していく様を表すものであって、<時間というもの>がある訳ではないのだ。地球の位置までをその時点まで巻き戻してしまっては、宇宙との間にずれが生じてしまう。人間達も既に宇宙そのものを観測できるまでになっている。そのずれを生じさせてしまっては、いろいろと大変だろう。

だから、この一連の騒動が起こっていた三時間の記憶だけが、私の身近なほんの一部の例外を除き、全ての人間達の中から消え失せることになる。それは後に、<失われた三時間>として人類最大のミステリーとなって語り継がれていくことになった。

でもまあいいだろう? その程度のことは大目に見てくれ。さすがにこれ以上の細工は無理だ……

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