JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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最終章

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メヒェネレニィカを結界の外に残し、新伊崎千晶はバリケードを飛び越えて中へと入った。その姉の姿に気付き、母親に抱かれた千早が小さく声を漏らす。

「お姉ちゃん。お姉ちゃんが助けてくれたの……?」

「……」

妹の言葉に、黙って頷く。笑顔までは向けられないが、素直に無事を喜んだ。

だが、母親の口からは父親の死を告げられた。病室に入ってきた化生から妻と娘を守り命を落としたのだ。

『…ありがとう……』

お世辞にも『好きだった』とは言えない血の繋がらない義理の父親だったが、母と妹を守ってくれたことに対しては心の中で感謝した。

しかしその時、千早が突然、意識を失いぐったりとなった。

「千早……!?」

母親が声を上げると、自衛隊員の一人が様子を見る。

「いかん、チアノーゼか……!?」

その声に他の患者の様子を見ていた看護師が駆け寄って脈を取り、千早を床に寝かせて心臓マッサージを始めた。

異常な出来事による過度のストレスで心臓がもちこたえられなかったのだ。

「千早…! いやよ千早……! そんな……!」

娘の急変に、母親もパニックを起こす。それを自衛隊員が制した。

すると新伊崎千晶にいざきちあきが、

「どいて。私がやる」

看護師を押し退けて千早の服をめくり上げた。

「何を…っ!?」

怒ったような表情で掴みかかる看護師には構わず、新伊崎千晶は千早の体にも魔方陣を描く。

と、途端に、

「ふぅ…はあ……っ!」

千早が大きく呼吸をした。

「え……っ!?」

その様子を見ていた全員が呆気にとられる中、

「これでしばらくは大丈夫……」

新伊崎千晶が呟くように言う。

それは、肉体の働きを補う魔法だった。病気そのものを治すことはできないが、心臓の働きを補助する程度の弱く単純な力なら固定化することはできたのだ。それを施した途端、チアノーゼを起こしていた唇の色が戻り、頬にも赤みが差していく。

「おお……!」

そこにいた入院患者達は皆、心臓に病を抱えている者達だった。

「他にも具合の悪い人はいますか?」

そうして、千早に施したものと同じ処置を他の患者にも施した。これでしばらくは大丈夫だろう。魔方陣は固着させているので、魔方陣そのものが消えるまで効果は続く。たとえ、新伊崎千晶が命を落としたとしてもだ。それは結界についても同じである。

「お姉ちゃん、魔法使いだったんだ…?」

「……」

意識を取り戻して姉が他の患者に処置を施すのを見た千早にそう言われて、新伊崎千晶は頬を染めて照れ臭そうに微笑んでいた。気の利いた言葉は返せなかったから、やはり黙って頷いただけだった。

「じゃあ、私、行くから」

そう言って立ち上がった姉に向かって、千早は

「お姉ちゃん、頑張って。悪い怪物をやっつけて…!」

と縋るように言った。

それに背を向けたまま、

「うん、分かった」

と大きく頷いてフードを被り、新伊崎千晶はバリケードを飛び越えて結界の外にいたブジュヌレンを蹴り飛ばしたのだった。

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