JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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最終章

私の、赤ちゃん…

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『亜蓮、しっかりして!』

黄三縞亜蓮きみじまあれんの傍に膝をつき、青褪めたその顔を見て思わず巻き戻しを始めようとしてしまったが、

「おい! 違うだろ!」

肥土透ひどとおるに声を掛けられ月城こよみはハッと我に返った。

「あ、そ、そうか……! 怪我とかじゃないもんね」

怪我ではないのだから、巻き戻しても意味はないのだ。

その場にいた者にはひどく長く感じられたかもしれないが実際には五分ほどで救急車は到着し、黄三縞亜蓮は出産を予定していた病院に搬送された。早期破水ではあったが既に陣痛が始まっており、しかも妊娠三十六週にも関わらず胎児の大きさは二五〇〇グラムを超えていた為、そのまま分娩となった。また、母体への負担も考慮してあらかじめ無痛分娩を予定しており、その為の準備も済んでいたことでスムーズに施術が行われた。

それに何より、元々カハ=レルゼルブゥアによって母体は保護されていたので、生まれて初めての陣痛と予期せぬ破水に驚いて黄三縞亜蓮がパニックを起こしただけで身体的には大きな問題はなく、妊娠三六週目だったという点についてもカハ=レルゼルブゥア側の判断により短縮されただけだったので、ほぼ通常の出産と変わりなかったのだった。

初めてのお産かつ出産に時間がかかることもある無痛分娩ではあったものの医者も感心するほど非常にスムーズに終わり、六時間ほどで全ては終わった。

「私の、赤ちゃん…」

よく、生まれたばかりはしわくちゃで猿のようだと言われるとも聞いていたが、その赤ん坊はすごく綺麗な顔をした女の子だった。血色がよく、穏やかな顔をして眠っていた。それを胸に抱き、黄三縞亜蓮はえもいわれぬ充足感に満たされていた。涙が勝手に溢れてきて抑えることもできない。

本人は呼ばないようにと希望していたが、さすがに十四歳の少女の出産となると病院側としても保護者を呼ばない訳にもいかず、両親とイエロートライプで黄三縞亜蓮の秘書をしている女性も病院に駆け付けた。

「よく頑張りましたね」

経済的に余裕もあることで個室をとって人目を気にする必要もなかったが、母親にそう言われても目を合わせることはなかった。だが、思っていたほどは不快でもなかった。母親も、自分を産んだ時にはこんな感じだったのかと思っただけであった。

学校は既に終わっていた為、月城こよみ、肥土透、赤島出姫織、碧空寺由紀嘉、新伊崎千晶が、それぞれ部活を休んだりして見舞いに来た。山下沙奈はさすがに部長ということもあり遠慮することになった。部員全員で押し掛ける訳にもいかなかったからだ。

両親と秘書は、月城こよみらに後を任せるようにして帰っていった。そもそもそういう手筈になっていた。黄三縞亜蓮にとっては月城こよみと肥土透がいることの方がよほど心強かったのである。

「可愛い~」

赤ん坊を見ながら月城こよみは相貌を崩していた。すると赤ん坊が泣き出した。

「あらあら、ごめん、びっくりさせちゃったのかな?」

慌てた月城こよみだったが、そうではなかった。

「おっぱいの時間なの」

そう聞いて肥土透は「じゃあ俺、外に出とくから」と気を遣おうとしたが、黄三縞亜蓮は首を振った。

「お願い、肥土君もここにいて。ちゃんと見ていてほしいの」

と言われて、肥土透は顔を赤らめながらも、母親として赤ん坊に乳をやる黄三縞亜蓮の姿を見守った。それはもう、立派な父親の姿なのだった。

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