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春休みの章
葬送
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それから三十分ほど地面に横たわったままトレアの名を呟き続けていた藍繪正真だったが、腕の痺れを自覚させられて仕方なく体を起こした。
ビーンという感じの痺れが、自分が生きていることを否応なく思い知らせてくる。しかしトレアはもう、ずっと同じ姿勢を続けていても苦痛を感じることさえない。その代わり、主人に優しくしてもらえても喜びを感じることもないがな。
死んだ。
死んだのだ、藍繪正真。お前を一人の人間として見てくれた少女は死んだ。
これが、お前が他人に対してもたらそうとしたものだ。
じっくりと堪能するがいい。
そしてこいつはおもむろに立ち上がり、折れた自分の剣を拾い上げ、小屋の脇に行ってそれで地面を突きはじめた。穴を掘っているのだろう。
本来は土を掘るようには作られていない折れた剣での作業は藍繪正真に負担を強い、手の皮はめくれて血がにじんだ。
それでも藍繪正真は土を掘るのをやめなかった。石に突き当たるとそれを掘り起こして捨てて、さらに掘る。するとまた石が出てきて、やはりそれを捨てる。
まるで賽の河原での苦役のように果てしなく思えるそれを繰り返し、一時間以上の時間をかけて、ちょうど子供が横たわれるくらいの穴を、藍繪正真は掘ってみせた。
手にしていた折れた剣を地面に放り出し、トレアのところに行き、血がにじんだ手で少女を抱きかかえる。
『なんだよ…思ってたよりも重いな、こいつ……』
そんなことが頭をよぎってしまうと、また涙が溢れてきた。それが紛れもないトレアの存在を伝えてくるからだろう。<巻き戻り>の力を得たこいつと違い、もう二度と蘇ることのない、かつて命であったものの存在を。
そんな少女の亡骸を大事そうに抱えて運び、自分が掘った穴へと丁寧に寝かせた。
トレアのために墓穴を掘ったのだ。
穴に収まったトレアの見開かれた眼を、よくフィクションなどで見るように手の平で撫でつけて閉ざそうとした。
「…え…?」
なのに、閉じなかったのだ。すでに見開かれた状態で固まり始めており、撫でつけたくらいでは閉ざすことができなかったのである。
「おい…トレア、何してんだよ。ちゃんと閉じろよ…な? ゆっくり寝たらいいじゃん……」
そう言って何度も何度も閉ざそうとした。なのに閉じない。
「なあ…? 俺の所為か? 俺の所為でこんなことになったから怒ってるのか? それで言うこときいてくれないのか……? だったら謝るからよ……
ごめん…ごめんな……トレア……
ごめんなぁ……」
謝りながら丁寧にまぶたを押さえると、ようやく閉ざすことができた。それはまるで、ぐずっていた子供がやっと寝てくれたような安堵感を、藍繪正真にもたらしたのであった。
ビーンという感じの痺れが、自分が生きていることを否応なく思い知らせてくる。しかしトレアはもう、ずっと同じ姿勢を続けていても苦痛を感じることさえない。その代わり、主人に優しくしてもらえても喜びを感じることもないがな。
死んだ。
死んだのだ、藍繪正真。お前を一人の人間として見てくれた少女は死んだ。
これが、お前が他人に対してもたらそうとしたものだ。
じっくりと堪能するがいい。
そしてこいつはおもむろに立ち上がり、折れた自分の剣を拾い上げ、小屋の脇に行ってそれで地面を突きはじめた。穴を掘っているのだろう。
本来は土を掘るようには作られていない折れた剣での作業は藍繪正真に負担を強い、手の皮はめくれて血がにじんだ。
それでも藍繪正真は土を掘るのをやめなかった。石に突き当たるとそれを掘り起こして捨てて、さらに掘る。するとまた石が出てきて、やはりそれを捨てる。
まるで賽の河原での苦役のように果てしなく思えるそれを繰り返し、一時間以上の時間をかけて、ちょうど子供が横たわれるくらいの穴を、藍繪正真は掘ってみせた。
手にしていた折れた剣を地面に放り出し、トレアのところに行き、血がにじんだ手で少女を抱きかかえる。
『なんだよ…思ってたよりも重いな、こいつ……』
そんなことが頭をよぎってしまうと、また涙が溢れてきた。それが紛れもないトレアの存在を伝えてくるからだろう。<巻き戻り>の力を得たこいつと違い、もう二度と蘇ることのない、かつて命であったものの存在を。
そんな少女の亡骸を大事そうに抱えて運び、自分が掘った穴へと丁寧に寝かせた。
トレアのために墓穴を掘ったのだ。
穴に収まったトレアの見開かれた眼を、よくフィクションなどで見るように手の平で撫でつけて閉ざそうとした。
「…え…?」
なのに、閉じなかったのだ。すでに見開かれた状態で固まり始めており、撫でつけたくらいでは閉ざすことができなかったのである。
「おい…トレア、何してんだよ。ちゃんと閉じろよ…な? ゆっくり寝たらいいじゃん……」
そう言って何度も何度も閉ざそうとした。なのに閉じない。
「なあ…? 俺の所為か? 俺の所為でこんなことになったから怒ってるのか? それで言うこときいてくれないのか……? だったら謝るからよ……
ごめん…ごめんな……トレア……
ごめんなぁ……」
謝りながら丁寧にまぶたを押さえると、ようやく閉ざすことができた。それはまるで、ぐずっていた子供がやっと寝てくれたような安堵感を、藍繪正真にもたらしたのであった。
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