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春休みの章
親との間では得られなかったもの
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「トレア……」
藍繪正真の口から、奴隷として買った少女の名が漏れる。
最初は本当にどうでもいいことのハズだった。ただ何となくその場の流れで、単なる気の迷いで買ってしまっただけのものだと思っていた。それが何故か今は気になるのだ。
寝ていて何気なく眠りが浅くなると無意識のうちにトレアの姿を求めてしまったりするのだ。そして自分の隣で、小さな体をさらに小さくして寝ている少女の存在を感じ取ると、ホッとしてまた眠ってしまうのである。
実の家族にさえそんなことはなかったというのに。
いや、実は藍繪正真が覚えていないだけで、かつてはそうだったのだ。幼い頃のこいつは、夜中に怖い夢を見て目が覚めてしまったりすると母親の姿を求めて周囲を見回して、それで見付けられると安心して眠るということを何度も経験していたのだ。
で、母親の姿がなかったりすると、大きな声を上げて泣いた。
と、そこに慌てて母親がやってきて、こいつを寝かしつけてくれたのである。
もっとも、その時の母親の心境としては、
『ち…っ! メンドクサイ。泣いてんじゃないよまったく。近所迷惑だろうが。文句言われるのは私なんだからね……!』
というものだったがな。
そういう<本音>が、口にこそ出さなかったものの態度の端々には出ていて、藍繪正真はそれらを察してしまったことで猜疑心を膨らませたことが<試し行動>を駆り立てたのだろう。
これによって親を試し、こいつらが自分を愛していないことを悟り、にも拘らず口先だけで綺麗事を並べ、
『親を敬え』
『育ててやっている恩を感じろ』
と押し付けてくることに絶望し、見限ったのである。
子供を<幼稚>と侮って、『どうせ相手の考えてることなんか見抜けるわけない』と嘲っていた報いが、<子供の反逆>として返ってきたということだな。
しかし、そんな親との間では得られなかったものが、僅か銀貨十五枚で買った奴隷の少女との間にはあった。確かにトレアは<人>であり、人として自分を見てくれていることを感じていた。
実の両親はこいつのことを、<自分達の体裁を整えるための道具>、またはせいぜいが<ペット>程度にしか見ていなかったというのに。
だからこそ、今、トレアの姿を見付けられないことが、藍繪正真の胸を締め付けた。
もし連れ去られたのだとしたら、
『必ず助けてやるからな……!』
とは思ってしまうくらいには。
だが……
だが、この世というものは実に残酷だ。
「……!?」
改めて周囲を見回したこいつの目が、それを捉えてしまったのだ。
自分に覆い被さるように倒れていた兵士の死体の不自然さを。そしてその下から僅かに覗く、見覚えのあるサンダルのような靴を。
瞬間、ザアッと、全身から血が流れ出てしまうかのような悪寒が奔り抜ける。
『まさか……
いや…違う。ただの見間違いだ。似てるだけで、別のものだ……
そうだよ、そうに違いない……』
藍繪正真は、壊れた玩具のロボットのようにぎこちなく、何度も首を横に振ったのだった。
藍繪正真の口から、奴隷として買った少女の名が漏れる。
最初は本当にどうでもいいことのハズだった。ただ何となくその場の流れで、単なる気の迷いで買ってしまっただけのものだと思っていた。それが何故か今は気になるのだ。
寝ていて何気なく眠りが浅くなると無意識のうちにトレアの姿を求めてしまったりするのだ。そして自分の隣で、小さな体をさらに小さくして寝ている少女の存在を感じ取ると、ホッとしてまた眠ってしまうのである。
実の家族にさえそんなことはなかったというのに。
いや、実は藍繪正真が覚えていないだけで、かつてはそうだったのだ。幼い頃のこいつは、夜中に怖い夢を見て目が覚めてしまったりすると母親の姿を求めて周囲を見回して、それで見付けられると安心して眠るということを何度も経験していたのだ。
で、母親の姿がなかったりすると、大きな声を上げて泣いた。
と、そこに慌てて母親がやってきて、こいつを寝かしつけてくれたのである。
もっとも、その時の母親の心境としては、
『ち…っ! メンドクサイ。泣いてんじゃないよまったく。近所迷惑だろうが。文句言われるのは私なんだからね……!』
というものだったがな。
そういう<本音>が、口にこそ出さなかったものの態度の端々には出ていて、藍繪正真はそれらを察してしまったことで猜疑心を膨らませたことが<試し行動>を駆り立てたのだろう。
これによって親を試し、こいつらが自分を愛していないことを悟り、にも拘らず口先だけで綺麗事を並べ、
『親を敬え』
『育ててやっている恩を感じろ』
と押し付けてくることに絶望し、見限ったのである。
子供を<幼稚>と侮って、『どうせ相手の考えてることなんか見抜けるわけない』と嘲っていた報いが、<子供の反逆>として返ってきたということだな。
しかし、そんな親との間では得られなかったものが、僅か銀貨十五枚で買った奴隷の少女との間にはあった。確かにトレアは<人>であり、人として自分を見てくれていることを感じていた。
実の両親はこいつのことを、<自分達の体裁を整えるための道具>、またはせいぜいが<ペット>程度にしか見ていなかったというのに。
だからこそ、今、トレアの姿を見付けられないことが、藍繪正真の胸を締め付けた。
もし連れ去られたのだとしたら、
『必ず助けてやるからな……!』
とは思ってしまうくらいには。
だが……
だが、この世というものは実に残酷だ。
「……!?」
改めて周囲を見回したこいつの目が、それを捉えてしまったのだ。
自分に覆い被さるように倒れていた兵士の死体の不自然さを。そしてその下から僅かに覗く、見覚えのあるサンダルのような靴を。
瞬間、ザアッと、全身から血が流れ出てしまうかのような悪寒が奔り抜ける。
『まさか……
いや…違う。ただの見間違いだ。似てるだけで、別のものだ……
そうだよ、そうに違いない……』
藍繪正真は、壊れた玩具のロボットのようにぎこちなく、何度も首を横に振ったのだった。
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