JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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春休みの章

たぶん、大丈夫

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「おい、領主がとうとう、本気で隣の国と決着つけようと兵を動かしたらしいぞ」

そんな噂が町に広がり、ここも戦場になるかも知れないという話があちこちで上った。

これを受けて町を離れる者も中にはいたものの、しかし多くの住人は、

『たぶん、大丈夫だろう』

とタカをくくっていつも通りの生活を営んでいた。それと言うのも、これまでにも何度も近くで衝突はあったものの、ここも多少巻き込まれることもあったものの、いずれも戦場から逃げてきた兵士などが狼藉を働くぐらいで、完全に戦場になることは、少なくともここ数十年なかったのだ。

町の規模から見ても分かる通り、地理的にさほど重要な場所ではなかったのである。その所為で大きな戦火には巻き込まれなかったというのもあった。

だから今回も大丈夫だろうという、いわゆる<正常化バイアス>という感覚が働いたのだろうな。

これもあり、町はずれに半ば勝手に住み着く形で住んでいた者達の多くも、『自分には関係ない』とそのままの生活を続けていた者がほとんどだった。

まあ、そいつらの場合は、

『今さらどこに逃げても同じ』

というのもあっただろうが。

だが、

『生まれてこの方、大きな災害とかなかったし』

と老人が語る場所で、数十年に一度、数百年に一度の規模の災害が起こったりするように、『これまで大丈夫だったから』は通用しない。

こうして冬を間近に控えたある日、隣国の軍隊が町になだれ込んできたのだった。

そしてそれを迎え撃つべく、形の上ではこの町を領地の一部にしていた側の軍隊も突撃してきた。

地の利を活かして町で迎撃するため、わざと侵入させたというのもあったようだ。

事実、無計画に作られた町の複雑な構造に敵国の軍は戸惑い、圧され始めた。

もっともその際に行われた戦闘は町の住人のことなどまるで考慮しない、それどころか逃げ惑う住人を<人間の盾>のように使って敵を撃破するという、容赦のないものだった。

藍繪正真らんかいしょうまが初めて泊まった宿も炎に包まれ、上手いこと言って銀貨二枚と拾った剣を巻き上げた武器屋の店主も殺された。

まあ、戦場などというものはだいたいどこでも似たようなものだろうが、ありきたりな表現にはなるだろうが、<地獄絵図>というものがそこでは繰り広げられていた。

そしてそれは、藍繪正真らんかいしょうまとトレアがいた町の外れでも同じだった。

『味方じゃない者は全部敵』

として、男も女も子供も老人も、容赦なく殺された。

だから当然、訳も分からずただ毎日を過ごしていただけの藍繪正真らんかいしょうまとトレアも巻き込まれた。

「なんだよ、くそうっ!!」

武器屋に『扱いやすくて役に立つ』と言われて買った、見た目だけは綺麗な剣は、兵士が手にした身幅が広く分厚く重い剣を受け止めようとしただけで容易く折れたのだった。

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