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春休みの章
いいから食え
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トレアが手にした石は、<火打石>だった。現代日本人の殆どはもはや使い方も分からないそれで、彼女は易々と火を起こし、カマドに鍋を掛けて調理を始めた。鍋には川で汲んできたらしい水が入っていた。
川の水をそのまま調理に使うなど、これも現代日本人にはとんでもない話に感じられるだろうが、ここでは別に普通のことだ。しっかりと煮沸すれば、少なくとも化学薬品や重金属で汚染されていないそれなら衛生上も大きな問題はない。単に気分の問題である。
そしてトレアは、小屋の周囲で草を積み、火の傍で一つ一つ確かめるようにして選別しながら、それを鍋へと投入した。どうやら食べられる野草を探していたようだ。
「ご主人様、ロイロの芽がありました。これで美味しくなります…!」
トレアが嬉しそうに言ったが、もちろん、藍繪正真には何の事だか分からない。とは言え、ここでは<ロイロの芽>は、野草を取って食べなければいけないレベルの貧乏人にとっては<ごちそう>だったらしいがな。
ほろ苦い中に旨味があり、出汁も取れて重宝する野草だそうだ。
もっとも、あくまで、
『ここの人間達にとっては』
ではある。
しばらくそれらを煮込んだ後、トレアが、
「ご主人様、そろそろ召し上がっていただけます」
と告げた。
「……」
藍繪正真にとっては得体の知れない雑草を煮込んだただの<草鍋>であるものの、取り敢えず腹も減ったので、大きな木の匙をトレアから受け取り、それで掬って口へと入れてみた。
『……草じゃん』
一口含んだ時には、そう思ってしまった。ただただ<草の味>しかしない。
が、何度か噛んでみると、
『……春菊とかに似てるのか……?』
とも思えてきた。そう、鍋に入れる春菊を連想させる味がするような感じだな。
さらに<ロイロの芽>を食べると、
『フキノトウ……?』
フキノトウが頭をよぎった。あまり何度も食べたことがあったわけではないにも拘わらず、思い出してしまったのだ。
つまりトレアが作ったのは、<春菊とフキノトウだけの鍋>のようなものだったのである。
正直、現代日本の食事を食べ慣れた藍繪正真にしてみたら『ふざけるな!』と声を荒げてしまいかねないものではあったものの、少なくとも宿で出た<野菜の煮物>よりはこちらの方がまだ美味いと思えたようだ。ただし、鍋に浮いていた錆の所為か、やや鉄臭いのは難点だったが。
「……お前も食えよ……」
主人が食べている様子をどこか嬉しそうな表情でただ見詰めていただけのトレアに、藍繪正真は声を掛けた。
「いえ、私は……」
と遠慮しようとした彼女に、
「いいから食え。命令だ」
憮然とした表情ながら言った。
「は…はい、いただきます……」
匙が一つしかなかったので差し出されたそれを受け取り、そこからは交互に匙を使って二人で鍋を食べたのだった。
川の水をそのまま調理に使うなど、これも現代日本人にはとんでもない話に感じられるだろうが、ここでは別に普通のことだ。しっかりと煮沸すれば、少なくとも化学薬品や重金属で汚染されていないそれなら衛生上も大きな問題はない。単に気分の問題である。
そしてトレアは、小屋の周囲で草を積み、火の傍で一つ一つ確かめるようにして選別しながら、それを鍋へと投入した。どうやら食べられる野草を探していたようだ。
「ご主人様、ロイロの芽がありました。これで美味しくなります…!」
トレアが嬉しそうに言ったが、もちろん、藍繪正真には何の事だか分からない。とは言え、ここでは<ロイロの芽>は、野草を取って食べなければいけないレベルの貧乏人にとっては<ごちそう>だったらしいがな。
ほろ苦い中に旨味があり、出汁も取れて重宝する野草だそうだ。
もっとも、あくまで、
『ここの人間達にとっては』
ではある。
しばらくそれらを煮込んだ後、トレアが、
「ご主人様、そろそろ召し上がっていただけます」
と告げた。
「……」
藍繪正真にとっては得体の知れない雑草を煮込んだただの<草鍋>であるものの、取り敢えず腹も減ったので、大きな木の匙をトレアから受け取り、それで掬って口へと入れてみた。
『……草じゃん』
一口含んだ時には、そう思ってしまった。ただただ<草の味>しかしない。
が、何度か噛んでみると、
『……春菊とかに似てるのか……?』
とも思えてきた。そう、鍋に入れる春菊を連想させる味がするような感じだな。
さらに<ロイロの芽>を食べると、
『フキノトウ……?』
フキノトウが頭をよぎった。あまり何度も食べたことがあったわけではないにも拘わらず、思い出してしまったのだ。
つまりトレアが作ったのは、<春菊とフキノトウだけの鍋>のようなものだったのである。
正直、現代日本の食事を食べ慣れた藍繪正真にしてみたら『ふざけるな!』と声を荒げてしまいかねないものではあったものの、少なくとも宿で出た<野菜の煮物>よりはこちらの方がまだ美味いと思えたようだ。ただし、鍋に浮いていた錆の所為か、やや鉄臭いのは難点だったが。
「……お前も食えよ……」
主人が食べている様子をどこか嬉しそうな表情でただ見詰めていただけのトレアに、藍繪正真は声を掛けた。
「いえ、私は……」
と遠慮しようとした彼女に、
「いいから食え。命令だ」
憮然とした表情ながら言った。
「は…はい、いただきます……」
匙が一つしかなかったので差し出されたそれを受け取り、そこからは交互に匙を使って二人で鍋を食べたのだった。
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