JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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春休みの章

人殺しの道具

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「なんだ…これ……?」

巻き戻って意識を取り戻した男は、体を起こして周囲を見て呆然としていた。自分がさっきまでいた筈のコンクリートとアスファルトに覆われた街の風景はどこにもなく、土と石ころだけの荒野に無数の人間の死体が転がっているという異様な光景に、呆然とするしかできなかった。

「さっきのは…?」

そう言えばさっき何かされたような気もするが、別にどこも痛くない。が、着ていたTシャツはボロボロだ。

「くそ…っ! 何だってんだよ……!」

持っていたはずの包丁を探したが見当たらない。しかし、死体が手にしていた剣に気付き、

「…こっちの方が良さそうだ…」

とそれを手に取った。だが……

『重っ!?』

持ち上げようとして、自身の感覚との差にギョッとなる。精々包丁よりも少し重いくらいだろうと想像していたのが、まるで違ってたからだ。

本物の剣に実際に触れたことなどなかったからな。

しかし当然だ。何度も何度も人間の体に叩きつけても簡単には折れない程度の鉄の棒と同じなんだし。

改めて力を入れ直して拾い上げた男は、しっかりと両手で支えて改めてその重さを実感すると、ゾクゾクとした何かが自分の中を奔り抜けるのを感じる。

間違いなく人間の命を奪うことだけを目的に作られた<人殺しの道具>の力感が圧倒的な存在感で伝わってくるのだ。

それがまるで霞が掛かっていたかのような男の意識を鮮明にしていく。

同時に、

「へ…へへ……」

ほとんど無意識のうちに唇の端が吊り上がり、男の顔が笑みを形作っていた。狂気をはらんだ邪悪な笑みだった。

しかし、ようやく混乱していた頭がはっきりしてくると今度は何とも言えない臭いが立ち込めていることに気付き、思わず手で鼻を覆った。

直後、反射的に胃が収縮し、嘔吐する。男の中に辛うじて残っていた<人間性>が、濃密な死の臭気に拒否反応を示したのだろう。

「マジでわけわかんねえ……」

胃の中のものを一通り吐き出し何とか治まると、ペッと口の中に残った吐瀉物を唾棄し、そう呟きながら、男は歩き出す。

歩きながら改めてぐるりと周囲を見回すが、まったく見覚えのない光景だ。まあ、平和な現代日本に生まれてこれまで生きてきたのから当たり前というものだがな。

どこに行く当てもないにせよ、取り敢えずここがどこなのか、何が起こったのかを知るために。

私にかけられた言葉は、今のところは思い出せないようだ。

まあ、大して重要なことでもないしな。

巻き戻りのおかげで体長は悪くない。どこも痛くない。リセットされた状態だ。

ここから男の<新たな人生>が始まるわけだ。

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