JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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春休みの章

立派な人物

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「~♪」

来埋亜純くるまいあずみは、<にゅむ>と名付けた正体不明な何かを入れた飼育ケースを、とても嬉しそうに眺めていた。兄の忘れ物を取りに行く為に学校に行った時とはまるで別人のように。

彼女にとっては、こうやって生き物を見ている時こそが本当の自分の人生であって、それ以外は、『来埋亜純という人間を演じてる』だけでしかなかった。

父親は、オリンピックの選手候補にもなったことがあるというのが自慢の元レスリングの選手で、四十半ばを過ぎても鍛え上げられ引き締まったその肉体を誇示するかのように常にぴったりとしたTシャツを着て周囲を威圧し、自身が優位に立っていることで精神的な安定を得るタイプの人間だった。

しかも、自分は価値のある人間だと信じ、自分にとって価値を見出せない人間はとことん見下し、愛想よく笑顔を浮かべながらも内心では『負け犬が』と嘲り笑っているという。

関東各都県で七件のフィットネスジムを経営し、首都圏に5LDK の家を新築した、いわゆる<成功者>の一人だろう。

もっとも、世の中にはこいつよりはるか上のレベルにいる人間もゴマンといるので、その程度でイキがってる小物とも言えるがな。

実際、月城こよみの父親よりはやや上ながら、黄三縞亜蓮きみじまあれんはこいつの数倍の年収を得ているし、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかの父親が代表を務める碧空寺グループに至っては全国に外食チェーンとホテルチェーンを展開する一部上場企業だ。

私、クォ=ヨ=ムイ、いや、日守こよみですら、資産額ではこいつより上だしな。

しかしこいつは、自分より上の人間のことは見ないようにして、常に自分より下の人間を見下しているのだ。

いやはや、息子の来埋真治くるまいしんじは実によく父親を見倣っているよ。まさにコピーだな。

その一方で、母親と妹は、そんな父親と兄に完全に支配された<家畜>だった。

父親が最初に開いたフィットネスジムの受付をしていた来埋亜純の母親は、雇用主であったそいつに強引に関係を迫られ、それ以来、ずっと支配を受けている状態なのだという。

当時、病気の母親を抱えて家計を支えていたために職を失う訳にもいかず、嫌々ながら受け入れるしかなかったようだ。

しかも来埋亜純の父親はそういう事情を知った上で、自分の思い通りになると踏んでことに及んだのである。

にも拘らず、世間は、この男を、

<元オリンピック候補で、何件ものフィットネスジムを経営し、幸せな家庭を築いた立派な人物>

と評価しているのだ。いやはや、実にチョロイ。人間の<世間>というやつは。

上っ面だけを体裁よく整えておけば<立派>と捉え、評価するんだからな。

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