JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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春休みの章

事故

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その道路は、幹線道路から別の幹線道路への抜け道とされ、歩道と車道の区別もなく決して広くもないにも拘らず普段から自動車がかなりの速度で走り抜けることで危険であると周辺住民から思われていたものだった。

事実、これまでにも何度か死亡事故が発生している。

そしてこの時も、貴志騨一成きしだかずしげにナイフを突き立て、しかしじゃれついてきた犬を追い払うように突き飛ばされた男は、スマホを操作しながら運転していたドライバーの乗る自動車の前に転がり出してしまった。

「…あ…」

そのことに気付いた貴志騨一成だったが、既に手遅れだった。

道路に倒れた男の体に乗り上げた自動車はハンドルを取られ、急激に進路が逸れてそのまま電柱に激突してしまう。

さらにすぐ後ろを走ってきた自動車がそれに驚いて急ブレーキをかけるとさらに後方の自動車が追突。

たちまち大変な事故となってしまった。

それを、貴志騨一成が憮然とした表情で見詰める。

「……」

自分の脇腹に刺さったままのナイフを無造作に抜いてその場に放り出し、ふい、と何も気付かなかったかのように視線を進行方向へと戻して立ち去ろうとした。

が、それで済むはずがない。

「何やってんのよ、貴志騨……!」

と声を掛けたのは、赤島出姫織あかしまできおりだった。

このところちょくちょくと貴志騨一成が黒厄の餓獣コボリヌォフネリとして力を発揮している気配を察してしまって、さすがに放っておけなくなって様子を見にきていたのだ。

とは言え、男がナイフを突き立てたことで自身の身を守るために黒厄の餓獣コボリヌォフネリの力が表面化したという経緯を見たので、貴志騨一成本人を責めるつもりもなかった。なかったのだが、さすがに今の状況を放置もできない。

道路に倒れこんで自動車に轢かれ、もはやあと数十秒の命となった男に回復魔法を掛けて延命。他の事故についてはどうやら命に別条がないということで後は警察に任せるとして、認識阻害をかけて貴志騨一成と共に早々にその場を去った。

目撃者はいたであろうが、事故が起こってすぐに赤島出姫織が認識阻害を掛けたことでその場にいた人間達の意識から消え、はっきりとした記憶としては残らなくなってしまった。

防犯カメラや通りがかった自動車の車載カメラには映像として残っただろうからもしかすると事情を聴かれることもあるかもしれないにせよ、傍目には、轢かれた男が普通に歩いていた貴志騨一成にぶつかって、それを払いのけようとしたはずみで男が転倒、そこにスピード違反かつ脇見運転の自動車が通りがかって轢かれたという構図なので、おそらく何かの罪に問われることもないだろう。

加えて、男が死亡さえしなければ騒ぎ自体も大きくならんだろうな。

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