405 / 562
春休みの章
正当防衛
しおりを挟む
『…え? ……え…っ?』
自分の身に突然起こった事態を、日下言葉はすぐに理解することができなかった。
しかし、日の当たらない薄暗く狭い場所に押し込められて、見ず知らずの男が自分を異様な目で見詰めているのに気付いたことでようやく、自分が拉致されたのだと察することができた。
『やめ…やめてください……!』
と声を出そうとしたものの、それは男の手に塞がれて出ていかなかった。
しかも、男の手が、少々子供っぽい印象もあるワンピースの裾から太腿をつたい奥へと侵入してくることに気付くと、ゾワッとした嫌悪感と共に体が強張ってしまい、身動きすら取れなくなってしまった。
恐怖が幼い体を縛り、がんじがらめにしていく。
だが、その次の瞬間―――――
「げひっ!?」
男が何とも言えない声を上げて、その場にガクンと崩れ落ち膝をつく。
日下言葉には何が起こったのか理解できていなかったが、男の脇腹に、別の人間の爪先が食い込んだのだ。
それは、お世辞にも美麗とは言えない、歪な大福のような顔にニキビの痕を残した顔の、樽を思わせるずんぐりした体形の背の低い少年だった。日下言葉よりは若干背は高いかもしれないが。
貴志騨一成だ。貴志騨一成が、日下言葉を拉致した男の脇腹に、爪先を蹴りこんだのである。
男は一瞬、呼吸ができなくなったもののすぐにそれは回復し、しかし脇腹からは脂汗が噴き出るほどの痛みがあり、それを手で押さえつつ、
「な…んだ、お前…っ!」
辛うじて声を上げた。
「……」
しかし貴志騨一成は問い掛けには一切応えず、男の顔に躊躇なくがつんと拳を入れる。
正直、空手などのきちんとした技術のそれではなかったので、下手をしたら自分の拳の方を痛めてしまいかねない素人丸出しの殴り方だったが、黒厄の餓獣を宿した貴志騨一成は、自身の体のダメージなど全くお構いなしだった。多少のそれなら、黒厄の餓獣が回復させるからだ。
続けての衝撃に、男はその場に尻もちをつき、次の攻撃から身を守ろうとするかのように、両腕で顔を覆った。が、それだと腹ががら空きだ。すると貴志騨一成は、今度は男の腹に前蹴りを叩きこんだ。
「げぶっ!!」
それが決定打となり、男はその場にうずくまって、完全に戦意を喪失していた。
まあここまでなら、
『急迫不正の侵害から日下言葉を守ろうとした』
ということで<正当防衛>が認められる可能性は高いだろう。この時点で日下言葉がその場から逃げ出せる状況を作ることができたのだから。
そして実際、彼女には、精神的な余裕が生まれていた。突然自分の前に現れて危機を救ってくれた人物の顔に見惚れてしまう程度には、
「ケンスケ……?」
それが日下言葉の口から洩れた言葉だった。
自分の身に突然起こった事態を、日下言葉はすぐに理解することができなかった。
しかし、日の当たらない薄暗く狭い場所に押し込められて、見ず知らずの男が自分を異様な目で見詰めているのに気付いたことでようやく、自分が拉致されたのだと察することができた。
『やめ…やめてください……!』
と声を出そうとしたものの、それは男の手に塞がれて出ていかなかった。
しかも、男の手が、少々子供っぽい印象もあるワンピースの裾から太腿をつたい奥へと侵入してくることに気付くと、ゾワッとした嫌悪感と共に体が強張ってしまい、身動きすら取れなくなってしまった。
恐怖が幼い体を縛り、がんじがらめにしていく。
だが、その次の瞬間―――――
「げひっ!?」
男が何とも言えない声を上げて、その場にガクンと崩れ落ち膝をつく。
日下言葉には何が起こったのか理解できていなかったが、男の脇腹に、別の人間の爪先が食い込んだのだ。
それは、お世辞にも美麗とは言えない、歪な大福のような顔にニキビの痕を残した顔の、樽を思わせるずんぐりした体形の背の低い少年だった。日下言葉よりは若干背は高いかもしれないが。
貴志騨一成だ。貴志騨一成が、日下言葉を拉致した男の脇腹に、爪先を蹴りこんだのである。
男は一瞬、呼吸ができなくなったもののすぐにそれは回復し、しかし脇腹からは脂汗が噴き出るほどの痛みがあり、それを手で押さえつつ、
「な…んだ、お前…っ!」
辛うじて声を上げた。
「……」
しかし貴志騨一成は問い掛けには一切応えず、男の顔に躊躇なくがつんと拳を入れる。
正直、空手などのきちんとした技術のそれではなかったので、下手をしたら自分の拳の方を痛めてしまいかねない素人丸出しの殴り方だったが、黒厄の餓獣を宿した貴志騨一成は、自身の体のダメージなど全くお構いなしだった。多少のそれなら、黒厄の餓獣が回復させるからだ。
続けての衝撃に、男はその場に尻もちをつき、次の攻撃から身を守ろうとするかのように、両腕で顔を覆った。が、それだと腹ががら空きだ。すると貴志騨一成は、今度は男の腹に前蹴りを叩きこんだ。
「げぶっ!!」
それが決定打となり、男はその場にうずくまって、完全に戦意を喪失していた。
まあここまでなら、
『急迫不正の侵害から日下言葉を守ろうとした』
ということで<正当防衛>が認められる可能性は高いだろう。この時点で日下言葉がその場から逃げ出せる状況を作ることができたのだから。
そして実際、彼女には、精神的な余裕が生まれていた。突然自分の前に現れて危機を救ってくれた人物の顔に見惚れてしまう程度には、
「ケンスケ……?」
それが日下言葉の口から洩れた言葉だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる