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春休みの章
死角
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図書館で借りた犬の図鑑を抱えて家路を急ぐ日下言葉と、彼女をつける目つきの怪しい中年男と、さらにその男をつける貴志騨一成。
この一種異様な光景に気付いている人間は、まだ他にいなかった。
貴志騨一成にしても、たまたま以前に玖島楓恋が連続レイプ魔に目を付けられてしまった一件のことを思い出してしまってつい後をつけてしまっただけで、普通ならそんなことをするタイプではなかった。
『面倒臭い……』
なんてことを頭では考えている。こいつにとって生身の人間は、玖島楓恋と代田真登美以外、どうでもよかった筈なのだ。それこそ、レイプ魔に襲われようがどうしようが。
にも拘らず、こうして不審者をつけてしまっている。
その理由が、貴志騨一成自身にも分からなかった。
だが、<因縁>とは、えてしてそういうものだろう。当人にすら合理的論理的に説明できない繋がりを生んでしまう。
そんなこんなで、貴志騨一成は、とにかく状況を確認せずにいられなかったようだ。
五分ほど歩くと、日下言葉は、廃業したコンビニとコインランドリーに挟まれ周囲からはやや死角のようになった、ほとんどただの隙間のような路地に差し掛かった。家への近道なのだ。どういう経緯かは定かではないが、幅二メートル弱のその部分だけが市の土地で、民間での利用ができないため、自転車や歩行者しか通れないような<道>になっていたのである。
そしてそこにも、『痴漢注意』の看板が立てられていた。
日下言葉がその看板の前を通りがかった時、彼女の後をつけていた中年男が弾かれるように走り、彼女の小さな体を抱え上げて、廃業したコンビニの裏手に作られていた物置と店舗の間の僅かな空間に連れ込んだのだった。
それはまさに、周囲からほぼほぼ死角となる空間だった。特に、物置を回り込んだ約一メートル四方の部分は、並んで置かれた別の物置と塀とコンビニの店舗に囲まれて完全な死角となっている。中年男はそのことをよく知っていた。何しろ以前にもそこで少女に悪戯をしたことがあるのだから。
その事件は、被害者の少女が誰にも相談できずにいて、まだ表沙汰になっていないものだった。だからこの死角のことも、警察や行政は、
<危険な死角>
であると認識はしていたものの具体的な対策はまだ取られていなかったのである。
看板についても、一般的に危険そうな路地だからというだけで設置されたに過ぎなかった。
自身の目の前で起こったそれに、貴志騨一成は、
「チッ……!」
と舌を鳴らした。
関わり合いになるつもりはなかったのに、勝手に体が動いた。黒厄の餓獣をその身に宿した肉体は、中年男が日下言葉を連れ込んだ動きよりもはるかに早かったのであった。
この一種異様な光景に気付いている人間は、まだ他にいなかった。
貴志騨一成にしても、たまたま以前に玖島楓恋が連続レイプ魔に目を付けられてしまった一件のことを思い出してしまってつい後をつけてしまっただけで、普通ならそんなことをするタイプではなかった。
『面倒臭い……』
なんてことを頭では考えている。こいつにとって生身の人間は、玖島楓恋と代田真登美以外、どうでもよかった筈なのだ。それこそ、レイプ魔に襲われようがどうしようが。
にも拘らず、こうして不審者をつけてしまっている。
その理由が、貴志騨一成自身にも分からなかった。
だが、<因縁>とは、えてしてそういうものだろう。当人にすら合理的論理的に説明できない繋がりを生んでしまう。
そんなこんなで、貴志騨一成は、とにかく状況を確認せずにいられなかったようだ。
五分ほど歩くと、日下言葉は、廃業したコンビニとコインランドリーに挟まれ周囲からはやや死角のようになった、ほとんどただの隙間のような路地に差し掛かった。家への近道なのだ。どういう経緯かは定かではないが、幅二メートル弱のその部分だけが市の土地で、民間での利用ができないため、自転車や歩行者しか通れないような<道>になっていたのである。
そしてそこにも、『痴漢注意』の看板が立てられていた。
日下言葉がその看板の前を通りがかった時、彼女の後をつけていた中年男が弾かれるように走り、彼女の小さな体を抱え上げて、廃業したコンビニの裏手に作られていた物置と店舗の間の僅かな空間に連れ込んだのだった。
それはまさに、周囲からほぼほぼ死角となる空間だった。特に、物置を回り込んだ約一メートル四方の部分は、並んで置かれた別の物置と塀とコンビニの店舗に囲まれて完全な死角となっている。中年男はそのことをよく知っていた。何しろ以前にもそこで少女に悪戯をしたことがあるのだから。
その事件は、被害者の少女が誰にも相談できずにいて、まだ表沙汰になっていないものだった。だからこの死角のことも、警察や行政は、
<危険な死角>
であると認識はしていたものの具体的な対策はまだ取られていなかったのである。
看板についても、一般的に危険そうな路地だからというだけで設置されたに過ぎなかった。
自身の目の前で起こったそれに、貴志騨一成は、
「チッ……!」
と舌を鳴らした。
関わり合いになるつもりはなかったのに、勝手に体が動いた。黒厄の餓獣をその身に宿した肉体は、中年男が日下言葉を連れ込んだ動きよりもはるかに早かったのであった。
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