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春休みの章
人違い
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『犬が好きだったのね』
代田真登美にそう言われて、日下言葉は、
「はい、大好きです♡」
と応えた。と、テンションが少々高くなってしまってらしく、やや声が大きく、慌てて代田真登美が、
「しーっ…」
人差し指を唇に当てて、日下言葉をたしなめる。
「あ…ごめんなさい……!」
ハッとなって自分の口を手の平で押さえた日下言葉に、代田真登美は、
「いい子ね…♡」
柔らかく微笑みかける。それはまるで母親のような表情だった。
玖島楓恋のそれとはまた少し毛色が違うものではあったが。
あちらが<母性の塊>だとするなら、こちらは<人生の先達としての母親>といった感じだろうか。
その時、下ろした代田真登美の手が机の上に置かれたスマホに触れ、パッと画面が明るくなった。するとそこに、男女が並んで写った写真が映し出される。
それは、玖島楓恋と貴志騨一成の写真だった。
何気なくそちらに視線を向けた日下言葉の顔が、つい今しがたのそれとはまた別の形でハッとした表情になる。
「ケンスケ……っ!?」
息を詰まらせるようにして、手で口を押えながら彼女は小さく声を上げた。
「え…? ケンスケ……?」
スマホに映し出された写真を見て知らない名前を出されたことに、代田真登美がきょとんとなる。瞬間、日下言葉も、
「あ…違う……」
と声を漏らした。するとその顔は、どこか悲しげなそれになった。そして、
「ごめんなさい、その写真の人がケンスケに似てたから、つい……」
囁くように抑えつつ、説明する。
「ああ、そうだったの。でも、彼は私がいた部の後輩で、貴志騨一成くんって言うの。人違いね」
との代田真登美の言葉には、
「いえ……人違いと言うか、ケンスケはパグでしたから……」
と。
「……は…?」
これには、代田真登美も金鉢令司も呆気にとられるしかなかった。聞き間違えかとも思ったが、日下言葉は間違いなく<パグ>と言った。犬の一種だ。それを人間と見間違えるなどと……
写真は、玖島楓恋が貴志騨一成と一緒に撮ったものを代田真登美に送ってきて、それを金鉢令司に見せた後、ついそのままにしてあったものだった。
にしても。
「すいません……」
ともあれ、慌てて頭を下げ、犬の図鑑を借りに来ただけの日下言葉は、先に自宅に帰ることとなった。
『はあ~…さすがに失礼だったなあ……まさか代田先輩の友達をケンスケと見間違えるなんて……
でも……思い出しちゃった……』
「ケンスケ……」
本人も気付かないうちに名前を口にしてしまい、日下言葉は、ホロリと涙をこぼしてしまう。
『もう三年も経つのにな……』
涙を拭いながら、日下言葉は家路を急いだのだった。
代田真登美にそう言われて、日下言葉は、
「はい、大好きです♡」
と応えた。と、テンションが少々高くなってしまってらしく、やや声が大きく、慌てて代田真登美が、
「しーっ…」
人差し指を唇に当てて、日下言葉をたしなめる。
「あ…ごめんなさい……!」
ハッとなって自分の口を手の平で押さえた日下言葉に、代田真登美は、
「いい子ね…♡」
柔らかく微笑みかける。それはまるで母親のような表情だった。
玖島楓恋のそれとはまた少し毛色が違うものではあったが。
あちらが<母性の塊>だとするなら、こちらは<人生の先達としての母親>といった感じだろうか。
その時、下ろした代田真登美の手が机の上に置かれたスマホに触れ、パッと画面が明るくなった。するとそこに、男女が並んで写った写真が映し出される。
それは、玖島楓恋と貴志騨一成の写真だった。
何気なくそちらに視線を向けた日下言葉の顔が、つい今しがたのそれとはまた別の形でハッとした表情になる。
「ケンスケ……っ!?」
息を詰まらせるようにして、手で口を押えながら彼女は小さく声を上げた。
「え…? ケンスケ……?」
スマホに映し出された写真を見て知らない名前を出されたことに、代田真登美がきょとんとなる。瞬間、日下言葉も、
「あ…違う……」
と声を漏らした。するとその顔は、どこか悲しげなそれになった。そして、
「ごめんなさい、その写真の人がケンスケに似てたから、つい……」
囁くように抑えつつ、説明する。
「ああ、そうだったの。でも、彼は私がいた部の後輩で、貴志騨一成くんって言うの。人違いね」
との代田真登美の言葉には、
「いえ……人違いと言うか、ケンスケはパグでしたから……」
と。
「……は…?」
これには、代田真登美も金鉢令司も呆気にとられるしかなかった。聞き間違えかとも思ったが、日下言葉は間違いなく<パグ>と言った。犬の一種だ。それを人間と見間違えるなどと……
写真は、玖島楓恋が貴志騨一成と一緒に撮ったものを代田真登美に送ってきて、それを金鉢令司に見せた後、ついそのままにしてあったものだった。
にしても。
「すいません……」
ともあれ、慌てて頭を下げ、犬の図鑑を借りに来ただけの日下言葉は、先に自宅に帰ることとなった。
『はあ~…さすがに失礼だったなあ……まさか代田先輩の友達をケンスケと見間違えるなんて……
でも……思い出しちゃった……』
「ケンスケ……」
本人も気付かないうちに名前を口にしてしまい、日下言葉は、ホロリと涙をこぼしてしまう。
『もう三年も経つのにな……』
涙を拭いながら、日下言葉は家路を急いだのだった。
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