JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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怨嗟の章

人間の世界は終わった

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「ここね、いっぱいたべものがあるんだよ」

みほちゃんがそう言って指差したのは、この辺りでは最大規模の大型スーパーだった。

建物は完全に倒壊していたが、地下食料品売り場への通路が確保されていて、みほちゃんの先導で綾乃は懐中電灯を手に慎重に下りていった。

ただ、そのあまりの調子の良さに疑問が湧いてくる。

『なんでこんなに簡単にいくんだろう……それに……』

それにと思った点こそが、大きな違和感だった。

『どうして誰もいないの……?』

誰もいない、とは、生存者のことを差しているのではなかった。本来ならあるはずの遺体が、ここまでまったく見られず、しかも、平日の昼間とはいえいつも客で賑わっていた大型スーパー跡にさえ遺体が一つもないという不自然さに、綾乃は違和感を覚えてしまったのである。

遺体があったと思しき痕跡は見えるのに、その遺体がないのだ。

食料品売り場にも、やはり一つとして遺体がない。懐中電灯の光に映し出される黒い<染み>が血痕であることは、素人の綾乃でさえ察せられてしまう。なのに、そこに遺体はない。

あまりにも不自然すぎる。

もちろん、アリーネもそのことには気付いていた。しかし、気付いてはいながらも、敢えて何も言わなかった。安全上、特に重要な情報ではなかったからだ。

むしろ、あまりその辺のところを綾乃達は気にしない方がいいという配慮が働いたのだろう。

なお、地下施設については、今回の破壊は地震によるものではなかったこともあり、地上部分に比べれば構造上のダメージは少なかった。故に、品物等は散乱していたものの安全上の問題は少ないようだ。

ただ、発生源から至近距離だったことも災いし、開口部から侵入した衝撃波だけでも、人間には耐えられなかっただけである。

そんな地下食料品売り場を、綾乃とみほちゃんは歩く。今回は食料品の確保というよりも、綾乃のために案内したというだけのものだったので、軽いスナック類をいくつか持ち帰ることにしただけだった。

自分達だけで独占してしまっては他の被災者に物資が行き渡らないかもと考えてのことだ。

もっとも、先にも言った通りこの周囲には彼女達以外の生存者はおらず、かつ人間の社会そのものが消滅してしまった為、もはや法律も意味をなさないので、裁かれることもないけれど。

既にあの日から十日以上経っているにも関わらず、救助活動が始まっている気配どころか、耳を澄ましてもサイレン一つ聞こえず、加えて災害時には五月蠅いくらいに空を飛び回るはずの報道のヘリがまったく見えないことから、綾乃も既に覚悟はしていた。

『人間の世界は終わったんだろうな……』

と。

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