JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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怨嗟の章

対処

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『どうすれば…』

どうすれば綾乃を励ますことができるかと、黒迅の牙獣トゥルケイネルォは思案した。

しかし、これという方法が思い付かないまま、風呂を沸かす時間がきてしまった。

『仕方ない。また後で考えるか』

そうして彼はやはり音速をはるかに超えた速度で空中を走り、綾乃達のところへと戻った。

地表に近付いた時には速度を落としたことで衝撃波は届かなかったものの、

ドーン

という音が大気を震わせた。それに、人間達がビクッとなって一斉に空を見上げる。また何か起こるのかと身構えたのだ。

それは、綾乃達も同じだった。

「こわい…! なんのおと?」

みほちゃんもさすがに怯えて綾乃に抱きつく。エレーンとシェリーは、そんな二人を守るかのように寄り添った。本当は怖かったけど、綾乃が無理をしていることは感じていたから、今度は自分達が綾乃を守りたいと思ったらしい。

するとアリーネが自分のテントから出て身構えていた。その目は、以前ほどではなかったものの、強い意志の力が戻りつつあった。やはり黒迅の牙獣トゥルケイネルォが案じるまでもなく、彼女は自力で立ち直りつつあったのだ。

戦場で精神をやられ、そのまま立ち直ることなく命を落とした者や、耐え切れずに退官した者達を何人も見てきたことで、自分がそうなった時にどう対処すればいいのかというのを考えていたようだ。

彼女は今回のことを<神の試練>と捉え、それを延々と自らに言い聞かせてきていた。納得できなくても『そういうものだ』と自分が思うまで、何度も何度も何度も何度も何度もひたすら言い聞かせて。

だからそれに集中する為に一人でいることを選んだ。綾乃達に構っている余裕がなかったから。

それが功を奏したのだろう。

が、今回は特に何も起こらなかった。しばらくして何も起こらないことを理解した人間達は、ホッと胸を撫で下ろし、アリーネも警戒を解いた。

そんな彼女の前に、黒い獣が現れる。

「……」

彼の姿が見えた瞬間、再びアリーネの体に緊張が奔るものの、特に何もする様子はなかった。今の自分では勝てないけれど、この黒い獣の方も現時点では敵対する様子は見せていないと彼女も納得したらしい。

そして黒い獣が<浴室>に入ってまた湯を沸かし始めるのを確かめて、テントへと戻った。

『風呂が沸いた』

黒い獣はそう書かれたスケッチブックを、綾乃達がいた<リビング>の扉を少し開けて隙間から挿し込んで示した。

「お風呂が沸いたって……入る……?」

綾乃がそう尋ねると、みほちゃんとエレーンとシェリーは、

「うん…!」

と大きく頷く。

それを見届けて、黒迅の牙獣トゥルケイネルォは、彼女達からは自分の姿が見えないようにその場を離れたのだった。

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