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三学期の章
最後の賭け
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男の投げたナイフがかすめて右中足を失ったことで機動性運動性を大きく損ない、残された時間ももはや尽きたことを悟った私は、最後の賭けに出た。
できることはもうない。いよいよこれで終わりだ。
故に、勝つか負けるかではなく、己に残されたすべてをぶつけることとしたのだ。
ここまで勝つことを目指して男の隙を探ってきたがそれを見せなかったことには素直に敬服する。
貴様は大した奴だよ。
ただの人間のクセにな。
だが、それだからこそ私も悔いはない。勝てる可能性があったにも拘わらずそれをモノにできなくて追い詰められたのであれば悔いしか残らんが、そうではなかったからな。
これで心置きなく『一か八か』に出られるというものだ。
ここまでも十分、過剰な負荷を強いてきたが、それでも自壊することだけは避けてきたものを、一切の手加減を本当にやめて、この体で出しうる本当の全力を一瞬にぶつけた。
壁を蹴って体を打ち出した瞬間、後ろ足が両方とももげる。そして羽を広げ、ちぎれ飛ぶことも厭わずに羽ばたき、男の顔面目掛けて突貫した。
しかし、それでも―――――
それでも、届かなかった。
男の顔を捉えると見えた刹那、私の体の下から上へと何かが奔り抜け、胸と腹のところから真っ二つに切り裂かれるのが自分でも分かった。
『くはは…! 見事だ…! お前の勝ちだよ……!!』
男が手にしたナイフで私を仕留めてみせたのだ。
私の負けである。
羽も足も弾けてバラバラに宙を舞い、普通なら体がちぎれてもすぐには死なないゴキブリの生命力さえ殺虫剤の毒によって削り取られ、命が潰えていくのが分かる。
楽しかったぞ、人間……
こうして私は、得も言われぬ満足感の中、何もない闇の中へと自らが溶けていくのを感じたのだった。
と、ゴキブリとしての私は死んだのだが、同時に、再び体が浮き上がるような感覚の中に私はいた。
さて、これで日守こよみに戻れたか、それともまた別のゴキブリにでも転生したかな。
ゆっくりと覚醒するのを自覚しつつ、そんなことを考える。
そして私の視界に捉えられたものは―――――
「……先輩……!」
そう声を漏らし涙を浮かべた山下沙奈の顔だった。
『そうか……ゲームクリアか……』
などと考えながら体を起こす。
すると、
「あ、やっと起きた…! どこ行ってたんだよ、まったく……!」
とたしなめるように声を上げたのは、月城こよみだった。
続けて、
「よかったぁ…!」
と、碧空寺由紀嘉がやはり安堵した泣き顔で私を見ていた。
他にも、黄三縞亜蓮と肥土透の姿もある。
周囲を窺うと、どうやらここは病室のようだ。
「……私は何日寝てた…?」
問い掛けた私に、月城こよみが憮然とした顔で言ったのだった。
「十二日だよ。何してたのか知らないけど、あんまり沙奈ちゃんに心配かけんなよな…!」
できることはもうない。いよいよこれで終わりだ。
故に、勝つか負けるかではなく、己に残されたすべてをぶつけることとしたのだ。
ここまで勝つことを目指して男の隙を探ってきたがそれを見せなかったことには素直に敬服する。
貴様は大した奴だよ。
ただの人間のクセにな。
だが、それだからこそ私も悔いはない。勝てる可能性があったにも拘わらずそれをモノにできなくて追い詰められたのであれば悔いしか残らんが、そうではなかったからな。
これで心置きなく『一か八か』に出られるというものだ。
ここまでも十分、過剰な負荷を強いてきたが、それでも自壊することだけは避けてきたものを、一切の手加減を本当にやめて、この体で出しうる本当の全力を一瞬にぶつけた。
壁を蹴って体を打ち出した瞬間、後ろ足が両方とももげる。そして羽を広げ、ちぎれ飛ぶことも厭わずに羽ばたき、男の顔面目掛けて突貫した。
しかし、それでも―――――
それでも、届かなかった。
男の顔を捉えると見えた刹那、私の体の下から上へと何かが奔り抜け、胸と腹のところから真っ二つに切り裂かれるのが自分でも分かった。
『くはは…! 見事だ…! お前の勝ちだよ……!!』
男が手にしたナイフで私を仕留めてみせたのだ。
私の負けである。
羽も足も弾けてバラバラに宙を舞い、普通なら体がちぎれてもすぐには死なないゴキブリの生命力さえ殺虫剤の毒によって削り取られ、命が潰えていくのが分かる。
楽しかったぞ、人間……
こうして私は、得も言われぬ満足感の中、何もない闇の中へと自らが溶けていくのを感じたのだった。
と、ゴキブリとしての私は死んだのだが、同時に、再び体が浮き上がるような感覚の中に私はいた。
さて、これで日守こよみに戻れたか、それともまた別のゴキブリにでも転生したかな。
ゆっくりと覚醒するのを自覚しつつ、そんなことを考える。
そして私の視界に捉えられたものは―――――
「……先輩……!」
そう声を漏らし涙を浮かべた山下沙奈の顔だった。
『そうか……ゲームクリアか……』
などと考えながら体を起こす。
すると、
「あ、やっと起きた…! どこ行ってたんだよ、まったく……!」
とたしなめるように声を上げたのは、月城こよみだった。
続けて、
「よかったぁ…!」
と、碧空寺由紀嘉がやはり安堵した泣き顔で私を見ていた。
他にも、黄三縞亜蓮と肥土透の姿もある。
周囲を窺うと、どうやらここは病室のようだ。
「……私は何日寝てた…?」
問い掛けた私に、月城こよみが憮然とした顔で言ったのだった。
「十二日だよ。何してたのか知らないけど、あんまり沙奈ちゃんに心配かけんなよな…!」
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