JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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三学期の章

寿命

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男と小娘の生活は、静かで穏やかではあったが、同時に、そこはかとない狂気も感じられた。

まあ、男の方も実質的に監禁状態に等しい生活なのだから、無理もないというものか。

そんな二人との共同生活も十日目を迎えた頃、私は、自身の体にある変化が生じたことに気付いた。

『む…まさか、これは……?』

自分の体が急速に劣化していくのを感じる。潤滑油が切れた機械のように間接がきしむ。これまでと同じようには力が入らない。

『寿命…か……?』

長くて二百日程度だとは思っていたが、それよりは随分と短かったな。

……いや、もしかすると毒餌を食ったことが影響しているのかもしれない。元々成虫になってからそれなりに日数の経っていた体だったというのもあるとしても、そこにさらに毒餌を食ったことで急激に劣化が進んだ可能性があるな。

今はまだ普通に動くのには支障はないものの、もって数日といった印象がある。

毒餌を食った影響だとするのなら少々情けなくもあるものの、それほど腹は立っていないからこのまま命が尽きても大丈夫だろう。

すると私は、突き動かされるように屋敷の中を走り抜けた。そしてある部屋の前まで来ると、床と壁の間にできた僅かな隙間から中に潜り込む。

するとそこには、十数匹のゴキブリの姿があった。しかし攻撃的な様子はない。なぜなら、この体のゴキブリが元々属していたコロニーだったからだ。

探索中に見付けていたのだが、別にゴキブリと馴れ合って生きる気にもなれなかったからここまで避けていたのだ。

ちなみにこの隙間がある部屋は、植物プラントが稼働していた。小規模な野菜工場とでも言うべきか。自動化されたそこで、十数種類の野菜が栽培されていたのである。

食品についてはいずこからか配達もされるものの、それだけではなく、限られた種類ではあっても新鮮な野菜も収穫できるということだな。

その植物プラントは衛生管理が徹底されていてさすがに侵入できなかったが、収穫のためにあの男が毎日訪れるので、その際に毛などを落としたり、男の履いている靴の底に着いた、床に落ちていた男や小娘の毛、剥がれ落ちた皮膚等が床に擦り付けられることで残されていき、それがゴキブリ共の餌になるのである。

しかも、男が収穫した野菜の葉の欠片などを落としていくことがあり、それはまたとないご馳走だった。

だが私は、ここに餌を漁りに来たのではない。

仲間の一匹が私の前に歩み出ると後ろを向いて羽を広げた。その瞬間、何とも言えない魅惑的な匂いが広がる。

フェロモンだ。

私はその匂いに誘われてそのゴキブリの体を舐める。すると、とろけるような陶酔感に満たされた。

そうして私が陶然としていると、何かが体の中に入ってくる。

雄の交接器だった。

自身の命に限りがあることを改めて自覚させられたことで、おそらく種族維持の本能が刺激されてしまったのだろう。

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