JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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三学期の章

認識

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『ゆっくり食事ができないじゃないか』

男はそう言うものの、少女としては当然、それどころではなかった。

「なになになになに……っ?」

頭が働かず、言葉が意味を成さない。

すると男は、

「はあ……」

と溜息を吐き、呆れたように食事に戻ってしまった。少女のことは無視しようと思ったのだろう。

そして、フォークで皿に盛られた肉を一切れとり、それを口へと運んだ。

「ああ…やはり新鮮な肉は生に限る……」

<噛む>と言うよりは、舌でほどくようにして肉を味わい、恍惚の表情さえ浮かべながら更に一切れ、口へと運ぶ。

訳の分からない状況に完全に思考力を失っていた少女だったが、呆然と男の様子を見ているうちに、沁み出すようにある考えが頭の中を満たし始めた。

『肉…? 新鮮な肉……? それってまさか……』

余りにおぞましいその考えを、少女の頭は、理性は、理解することを拒んだ。

なのに、拒んでいるのに、それは少女の頭の中を蝕んでいく。

『まさか…私の足の…なの……?』

そんな思考が形を得ると同時に、少女の心は狂気に絡めとられた。むしろ完全に狂ってしまえた方がずっと楽かもしれないとさえ思えた。

「ああ……あ、は……ははははぁはははははははは……」

人間は、自分のキャパシティを大きく超える恐怖に直面すると逆に笑いが込み上げてくることもあると言うが、この時の少女の状況がまさにそれだったのだろう。

彼女は定まらない視線を宙に躍らせながら、力のない笑い声をただ漏らし続けた。

しかし男は、少女のことなどまるで意識の外に追いやったのか、存在そのものを無かったことにして食事を堪能する。

その異様な光景が繰り広げられていたのは、長い歴史が滓《おり》のように染みついたかに思える、陰鬱な洋館と思しき部屋だった。

そこで、両足を失い両手を後ろ手に拘束されて床に転がされた状態で、へらへらと歪んだ笑顔を浮かべる少女の背後で、男がただ食事をしている。



だが、そういう風に見えている状況は、果たして本当に現実なのだろうか? 見えているそのままが事実なのだろうか?

少女は本当に<少女>なのだろうか?

と、認識の更新を促してみても、状況は変わらなかった。少女は少女のままだし、男は黙々と食事を続けている。

となれば、『そういうこと』として対処するしかないか。

ここでの私は、部屋の隅でその様子を眺めていた一匹の<ゴキブリ>なのだが。

その私が僅かに前に歩み出ると、男の表情が一変する。

「私の食事の邪魔をするか…! この虫けらが!!」

瞬間、男は手にしていたフォークを私目掛けて投げつけたのだった。

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