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三学期の章
噂の真相
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「ふう…どうやらギリギリ上手くいったみたいだな…」
生徒指導室が完全に元の状態に戻ったことを確認し、肥土透は、さすがに消耗し過ぎて意識を失った月城こよみと、やはり意識を失っていた黄三縞亜蓮の二人を同時に抱える為に、上半身裸になった上で両腕をエニュラビルヌのそれに戻し、それぞれの腕に二人を乗せる形でその場を離れる。
その先に、私は立っていた。
「ふん、まあ何とかなったようだな」
そんな私の言葉に肥土透は苦笑いを浮かべながら、
「相変わらず厳しいなあ」
とだけ応えた。
その後、私と月城こよみと黄三縞亜蓮の三人は急用ができて先に家に帰ったと肥土透を通じて伝えてもらって、私は二人を伴って空間を超え、私の家の二階のベッドに寝かせて、リビングへと降りてきた。
「おかえりなさ~い」
テレビのディスプレイに現れた石脇佑香が軽い感じでそう挨拶してくるが、私は、
「ああ…」
と短く応えただけだった。
まあでも、概ねうまくやったとは確かに思うよ。特に感心したのは、本来は熱に弱い筈のエニュラビルヌの体を持った肥土透がためらうことなくあの部屋に踏み込んだことだな。
月城こよみが常に巻き戻し続けてくれることを何一つ疑っていなかった。阿吽の呼吸で瞬間的に決断し行動できるようになっていたということだ。
夫婦でもなかなかああはなれまい。そして二人とも、黄三縞亜蓮とその子を大切に想っているということだ。こいつらにとってはもう、そういう存在なのだ。
まったく、人間というのは実に面白い。
しばらく時間が経つと、まず碧空寺由紀嘉が帰ってきて、続いて山下沙奈、肥土透、赤島出姫織が帰って来た。新伊崎千晶は、以前にも言ったがすっかり自然科学部には顔を出さず、千歳が待つ私の別宅の方へすぐに帰ってしまっている。やはり完全に幽霊部員だな。
ちなみに、碧空寺由紀嘉は家庭科部、赤島出姫織は読書部にそれぞれ入部したそうだ。どちらもオカルトにはさほど興味が無いというのと、やはりあの種のオタクっぽい雰囲気は苦手だということらしい。
それはそれとして、山下沙奈がさっそくお茶の用意をしていると、そこに目が覚めた月城こよみと黄三縞亜蓮が二階から降りてきたのだった。
「図らずも教師連中にバレたな。どうだ、感想は?」
テーブルについて一息ついたこいつらに問い掛けると、黄三縞亜蓮が苦笑いを浮かべて応えた。
「反応は思った通りだったけど、まさかあんなに沸点が低いとはね。だから大人なんてって舐められるのにそれが分かってないんだなって感じたな」
だと。言うじゃないか。しかし、こいつの言う通りだ。だが、
「でも、ああやってキレさせてしまったのは私のミスだと思う。次からは気を付けなきゃね。ごめんね。迷惑掛けちゃって」
と、己の反省点を洗い出し、尻拭いをさせてしまった月城こよみと肥土透に向かって頭を下げる姿は、教師共よりはやはり大人びて見えたよ。
それに対し月城こよみと肥土透も、「いいよいいよ、それが私たちの役目だし」と笑いながら返した。
「いいな~、なんか。羨ましいって言うか~」
そんな三人の様子を見ていた碧空寺由紀嘉が声を上げる。古塩貴生のことも見限ったこいつは、今、完全なフリーだからな。仲の良い姿に淡い憧れも抱いているようだ。それに比べれば赤島出姫織は「ふ…」という感じで静かに笑みを浮かべるだけだったが。
思えばこいつらも本当に変わったよ。月城こよみの首を絞めて殺した頃の面影すらないくらいには。さすがの私もこんなことになるとは思っていなかった。
とは言え、話を戻せば黄三縞亜蓮の妊娠がバレたことでしばらく教師共が煩いだろう。その辺りのことは覚悟しておかねばな。
「大丈夫か?」
私が改めて問うと、
「大丈夫」
と黄三縞亜蓮は落ち着いた感じで笑った。すっかり母親の顔になった気もするな。
そうなれば後は今回の騒動のきっかけを作った紫崎麗美阿だが、さて、次は何をしてくるのやら。もうしばらくは様子を見させてもらうとするか。
本人も言っていた通り、黄三縞亜蓮は教師共の恫喝にも甘言にも耳を貸さず、学校側から連絡を受けた両親も娘の言うことを追認するだけで<暖簾に腕押し糠に釘>状態だった為、口外して騒ぎを大きくしないという条件の下で黙認という形での決着が図られたのであった。
なお、今後の体育の授業は健康上の理由により免除されることとなった。その代わりに、保健室において保険の授業と称した妊娠出産に伴う母親としての心得や注意点などのレクチャーを受けることと、無理のない範囲での体育の実技という名目で校内をウォーキングするというカリキュラムを課されることになったりはした。
しかし、この学校側の対応に納得しなかったのは紫崎麗美阿である。まったく、懲りん奴だな。
だが、教師達の事情聴取により今回の噂を流した張本人であると特定されてしまい、内申書を盾に今後一切、黄三縞亜蓮に関する噂は流さないということを宣誓させられてしまったりもしたのである。
それでも懲りずにこいつは次に月城こよみをターゲットにしようとしたらしいが、月城こよみがそんなことを気にするはずもなく完全に空振りに終わり、更にその次には黄三縞亜蓮とよく行動を共にしている肥土透が赤ん坊の父親であるという噂を流そうとしたものの、それは教師達に厳しく禁じられた種類の噂であった為に断念。そしてついに、新伊崎千晶の周囲にいて私の家に集まるメンバーの中では唯一普通の人間である碧空寺由紀嘉に狙いを定めてきたのであった。
しかもその噂というのが、『碧空寺由紀嘉は新伊崎千晶の父親と不倫をしている』などという、荒唐無稽もいいところの内容だった。普段の様子を見ているだけでも全く接点のない碧空寺由紀嘉と新伊崎千晶の父親という組み合わせが真実味を持つはずなどないのだが、人間が広める噂というやつは、真実味があるかどうかではなく、それを口にしていて面白いかどうかということが大事らしい。
一年の時からいろいろと態度が悪くて不評を買っていた新伊崎千晶と、碧空寺グループのお家騒動などにより色々な意味で悪目立ちしていた碧空寺由紀嘉の組み合わせは、噂好きの女子生徒を中心にして瞬く間に広がり、やがて本人の耳にも入ることになった。
「あはははは! 私と千晶のお父さんが不倫!? なにそれウケる~!」
と最初は一笑に付した碧空寺由紀嘉ではあったが、やはりただの人間のメンタリティでは、しつこい陰口に晒されるのには限度があるようだった。
「……」
しばらくすると笑顔が無くなり塞ぎこむ様子が見えるようになった。
私の前ではそれでも明るく振る舞っていたが、学校に来るとどうしても気分が優れないらしい。教室内でも自分の方をちらちらと見てくすくすと笑う様子に、耳を塞ぐ姿さえ見られた。
「大丈夫。私たちはちゃんと知ってるから」
月城こよみがそう言い、黄三縞亜蓮、赤島出姫織、新伊崎千晶が頷くが、
「ありがとう…」
と応えるその顔に力はなかった。
私は基本的に人間同士の問題に口を挟むつもりも首を突っ込むつもりもなかったのだが、どうにも気に入らん。
碧空寺由紀嘉は私のものだ。その私のものを人間風情が侮辱するなど、本来あってはならんことの筈だった。
かと言って、私がどうこうするのもさすがに大人げない。さりとてこのままにしておくのも癪に障る。特に、己の奸計が予想以上に上手くいって笑いが止まらぬらしい紫崎麗美阿に対しては、かなり業腹なのであった。
生徒指導室が完全に元の状態に戻ったことを確認し、肥土透は、さすがに消耗し過ぎて意識を失った月城こよみと、やはり意識を失っていた黄三縞亜蓮の二人を同時に抱える為に、上半身裸になった上で両腕をエニュラビルヌのそれに戻し、それぞれの腕に二人を乗せる形でその場を離れる。
その先に、私は立っていた。
「ふん、まあ何とかなったようだな」
そんな私の言葉に肥土透は苦笑いを浮かべながら、
「相変わらず厳しいなあ」
とだけ応えた。
その後、私と月城こよみと黄三縞亜蓮の三人は急用ができて先に家に帰ったと肥土透を通じて伝えてもらって、私は二人を伴って空間を超え、私の家の二階のベッドに寝かせて、リビングへと降りてきた。
「おかえりなさ~い」
テレビのディスプレイに現れた石脇佑香が軽い感じでそう挨拶してくるが、私は、
「ああ…」
と短く応えただけだった。
まあでも、概ねうまくやったとは確かに思うよ。特に感心したのは、本来は熱に弱い筈のエニュラビルヌの体を持った肥土透がためらうことなくあの部屋に踏み込んだことだな。
月城こよみが常に巻き戻し続けてくれることを何一つ疑っていなかった。阿吽の呼吸で瞬間的に決断し行動できるようになっていたということだ。
夫婦でもなかなかああはなれまい。そして二人とも、黄三縞亜蓮とその子を大切に想っているということだ。こいつらにとってはもう、そういう存在なのだ。
まったく、人間というのは実に面白い。
しばらく時間が経つと、まず碧空寺由紀嘉が帰ってきて、続いて山下沙奈、肥土透、赤島出姫織が帰って来た。新伊崎千晶は、以前にも言ったがすっかり自然科学部には顔を出さず、千歳が待つ私の別宅の方へすぐに帰ってしまっている。やはり完全に幽霊部員だな。
ちなみに、碧空寺由紀嘉は家庭科部、赤島出姫織は読書部にそれぞれ入部したそうだ。どちらもオカルトにはさほど興味が無いというのと、やはりあの種のオタクっぽい雰囲気は苦手だということらしい。
それはそれとして、山下沙奈がさっそくお茶の用意をしていると、そこに目が覚めた月城こよみと黄三縞亜蓮が二階から降りてきたのだった。
「図らずも教師連中にバレたな。どうだ、感想は?」
テーブルについて一息ついたこいつらに問い掛けると、黄三縞亜蓮が苦笑いを浮かべて応えた。
「反応は思った通りだったけど、まさかあんなに沸点が低いとはね。だから大人なんてって舐められるのにそれが分かってないんだなって感じたな」
だと。言うじゃないか。しかし、こいつの言う通りだ。だが、
「でも、ああやってキレさせてしまったのは私のミスだと思う。次からは気を付けなきゃね。ごめんね。迷惑掛けちゃって」
と、己の反省点を洗い出し、尻拭いをさせてしまった月城こよみと肥土透に向かって頭を下げる姿は、教師共よりはやはり大人びて見えたよ。
それに対し月城こよみと肥土透も、「いいよいいよ、それが私たちの役目だし」と笑いながら返した。
「いいな~、なんか。羨ましいって言うか~」
そんな三人の様子を見ていた碧空寺由紀嘉が声を上げる。古塩貴生のことも見限ったこいつは、今、完全なフリーだからな。仲の良い姿に淡い憧れも抱いているようだ。それに比べれば赤島出姫織は「ふ…」という感じで静かに笑みを浮かべるだけだったが。
思えばこいつらも本当に変わったよ。月城こよみの首を絞めて殺した頃の面影すらないくらいには。さすがの私もこんなことになるとは思っていなかった。
とは言え、話を戻せば黄三縞亜蓮の妊娠がバレたことでしばらく教師共が煩いだろう。その辺りのことは覚悟しておかねばな。
「大丈夫か?」
私が改めて問うと、
「大丈夫」
と黄三縞亜蓮は落ち着いた感じで笑った。すっかり母親の顔になった気もするな。
そうなれば後は今回の騒動のきっかけを作った紫崎麗美阿だが、さて、次は何をしてくるのやら。もうしばらくは様子を見させてもらうとするか。
本人も言っていた通り、黄三縞亜蓮は教師共の恫喝にも甘言にも耳を貸さず、学校側から連絡を受けた両親も娘の言うことを追認するだけで<暖簾に腕押し糠に釘>状態だった為、口外して騒ぎを大きくしないという条件の下で黙認という形での決着が図られたのであった。
なお、今後の体育の授業は健康上の理由により免除されることとなった。その代わりに、保健室において保険の授業と称した妊娠出産に伴う母親としての心得や注意点などのレクチャーを受けることと、無理のない範囲での体育の実技という名目で校内をウォーキングするというカリキュラムを課されることになったりはした。
しかし、この学校側の対応に納得しなかったのは紫崎麗美阿である。まったく、懲りん奴だな。
だが、教師達の事情聴取により今回の噂を流した張本人であると特定されてしまい、内申書を盾に今後一切、黄三縞亜蓮に関する噂は流さないということを宣誓させられてしまったりもしたのである。
それでも懲りずにこいつは次に月城こよみをターゲットにしようとしたらしいが、月城こよみがそんなことを気にするはずもなく完全に空振りに終わり、更にその次には黄三縞亜蓮とよく行動を共にしている肥土透が赤ん坊の父親であるという噂を流そうとしたものの、それは教師達に厳しく禁じられた種類の噂であった為に断念。そしてついに、新伊崎千晶の周囲にいて私の家に集まるメンバーの中では唯一普通の人間である碧空寺由紀嘉に狙いを定めてきたのであった。
しかもその噂というのが、『碧空寺由紀嘉は新伊崎千晶の父親と不倫をしている』などという、荒唐無稽もいいところの内容だった。普段の様子を見ているだけでも全く接点のない碧空寺由紀嘉と新伊崎千晶の父親という組み合わせが真実味を持つはずなどないのだが、人間が広める噂というやつは、真実味があるかどうかではなく、それを口にしていて面白いかどうかということが大事らしい。
一年の時からいろいろと態度が悪くて不評を買っていた新伊崎千晶と、碧空寺グループのお家騒動などにより色々な意味で悪目立ちしていた碧空寺由紀嘉の組み合わせは、噂好きの女子生徒を中心にして瞬く間に広がり、やがて本人の耳にも入ることになった。
「あはははは! 私と千晶のお父さんが不倫!? なにそれウケる~!」
と最初は一笑に付した碧空寺由紀嘉ではあったが、やはりただの人間のメンタリティでは、しつこい陰口に晒されるのには限度があるようだった。
「……」
しばらくすると笑顔が無くなり塞ぎこむ様子が見えるようになった。
私の前ではそれでも明るく振る舞っていたが、学校に来るとどうしても気分が優れないらしい。教室内でも自分の方をちらちらと見てくすくすと笑う様子に、耳を塞ぐ姿さえ見られた。
「大丈夫。私たちはちゃんと知ってるから」
月城こよみがそう言い、黄三縞亜蓮、赤島出姫織、新伊崎千晶が頷くが、
「ありがとう…」
と応えるその顔に力はなかった。
私は基本的に人間同士の問題に口を挟むつもりも首を突っ込むつもりもなかったのだが、どうにも気に入らん。
碧空寺由紀嘉は私のものだ。その私のものを人間風情が侮辱するなど、本来あってはならんことの筈だった。
かと言って、私がどうこうするのもさすがに大人げない。さりとてこのままにしておくのも癪に障る。特に、己の奸計が予想以上に上手くいって笑いが止まらぬらしい紫崎麗美阿に対しては、かなり業腹なのであった。
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