JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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冬休みの章

化生という存在

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<木刀を手にした中年サラリーマン風の男>は、自身の能力を用いて重力さえ撹乱し、ビルの壁面をまるで地面のように走り抜けた。

もっともこの程度のことは、相手の化生も当然であるかのようにやってみせているので、絶対的なアドバンテージとはならない。

逃げようとすれば先回りし、襲い掛かってくれば自在に攻撃をかわしつつ、自らに有利な位置取りを行うだけだ。

今、相手にしている化生は、決して知能は高くないものの、自身の戦闘能力を高度に活かせる<本能>のようなものは有しているらしく、その点でも侮りがたい存在だった。

決して自らの能力に驕ることなく、可能であればこの場から逃げ去り、それが無理ならこちらを牽制して隙を作り、やはり逃げることを狙っているのが分かる。

彼我の戦力差を無視して強引に突っ込んでくる訳でないところがまた厄介だ。この辺りがただの<怪物>ではなく、野生動物に近い、

『己が生き延びる為の戦略を思考する』

ことができるのだろう。

とにかくごり押しで突っ込んでくる奴の方がよっぽど御しやすい。そういう奴はどれほど強大な力を持っていてもそれを十分に活かすことができないからだ。

野生のトラやライオンが強いのは、ただ力が強いからではない。本質的に憶病で、常に自分が生き延びることを優先するからである。自らの力を、自身を生かすことにすべて傾けるからこそ強いのだ。

勝つことを一番の目的にしてるのではなく、負けないことを一番に考えているとも言えるだろう。

野生では、生き延びた者こそが勝者なのだから。

しかし<化生>という存在は、そういうことわりを無視した者が何故か多い。勝てる筈のない相手にもただ無謀に襲い掛かることも少なくない。

いや、おそらくはその辺りの道理を外れているからこそ<化生>なのだ。生き物としての道理の上に存在するものはそれはただの<動物>なのだろう。

そういう意味では今回の奴はむしろ動物に近いのかもしれない。

<木刀を手にしたサラリーマン風の男>はその辺りを思案しているのかどうかすら掴ませない冷めた表情で、力を振るい続けた。

考えてみれば、男は別に自らが生き延びる為にこのようなことをしている訳ではない。ただ生き延びたいだけならこんな<怪物>のことは放っておいて逃げればいいのだ。

にも拘らずわざわざこんなことをしているとか、男の方がよっぽど道理から外れたことをしているとも言えるのかもしれない。

正直なところ、これでは一体、どちらが<化生>なのか、分かったものではない。

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