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冬休みの章
ある男の懸念
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『幻…? いや、たぶん違う……』
男が見たものを端的に表現するなら、それは<巨大な蜘蛛>だった。一瞬ではあったが、男の目には確かにそう見えた。
乗用車よりもはるかに大きい。少なくとも二トントラックを上回るほどの大きさはあった気がする。
普通なら、そんなものが見えたところで、それが現実とは思わないだろう。たいていが、錯覚か見間違いだと思うに違いない。
しかし男は、それが必ずしも錯覚や見間違いだとは限らないことを知っていた。
男はかつて遭遇したことがあるのだ。人知を超えた超常の存在に。
故に自分が今見たものも、実在している可能性を否定することができなかった。
だから身構えた。あの巨大な蜘蛛の怪物が再びこちらに降りてきて暴れる可能性があると想定して。
『彼女だけは守らないと……』
プロとして、それ以上に自分の願いとして、不安そうに自分を見る少女だけは守りたいと強く思った。
そして少女を守るべく、どのような事態にも対処できるように、ハンドルを柔らかく握り、シフトレバーに手を掛け、いざとなれば自分が任されているこの車両を破損させてでもと覚悟を決めた。
会社からも、
『お客様の安全が最優先。車両は二の次です』
と訓示を受けている。まさにこういう時の為の心得だと思った。
油断なく周囲を窺い、僅かな異変すら見逃すまいと神経を研ぎ澄ませた。
しかし……
「おい、あんたは大丈夫か? ギリギリぶつかってないと思うんだけどよ」
「!?」
窓越しにそう声を掛けられ、男はハッとなった。
見ると、中年男性がこちらを覗き込んでいる。後ろの車両のドライバーだった。
「あ…はい、大丈夫です」
窓を開けながらそう応えた。
「そうか。そりゃよかった。しっかし、朝っぱなからまいったぜ」
中年男性は溜め息交じりにそう告げながら、辺りを見回した。
すると、反対車線にも何台もの車両が止まり、一部破損したものも見受けられた。
なのに、
「いや、本当なんだよ! 俺も何にぶつかったのか分からないんだよ!」
何人もの人間に囲まれてそう声を上げているのは、男の運転するハイヤーにぶつかりそうになったワンボックスカーのドライバーだった。
「その人の言ってることは本当だよ。私、すぐ後ろを走ってたけど、何もないところで急にその人の車が壊れたんだ」
若い女性ドライバーが言う。
すると、
「俺もだよ。確かに何もなかったのに何かにぶつかったんだ」
という声が。反対車線を走っていて、同じように何かに衝突したらしい車両のドライバーだった。
不可解な話ではあるが、何も被害はなかったとはいえ、その場に居合わせてしまったことについては会社に報告もしなければいけない為、男はまだあの<蜘蛛の怪物らしきもの>の気配を見逃すまいと神経を研ぎ澄ませつつ、無線を手にしたのだった。
男が見たものを端的に表現するなら、それは<巨大な蜘蛛>だった。一瞬ではあったが、男の目には確かにそう見えた。
乗用車よりもはるかに大きい。少なくとも二トントラックを上回るほどの大きさはあった気がする。
普通なら、そんなものが見えたところで、それが現実とは思わないだろう。たいていが、錯覚か見間違いだと思うに違いない。
しかし男は、それが必ずしも錯覚や見間違いだとは限らないことを知っていた。
男はかつて遭遇したことがあるのだ。人知を超えた超常の存在に。
故に自分が今見たものも、実在している可能性を否定することができなかった。
だから身構えた。あの巨大な蜘蛛の怪物が再びこちらに降りてきて暴れる可能性があると想定して。
『彼女だけは守らないと……』
プロとして、それ以上に自分の願いとして、不安そうに自分を見る少女だけは守りたいと強く思った。
そして少女を守るべく、どのような事態にも対処できるように、ハンドルを柔らかく握り、シフトレバーに手を掛け、いざとなれば自分が任されているこの車両を破損させてでもと覚悟を決めた。
会社からも、
『お客様の安全が最優先。車両は二の次です』
と訓示を受けている。まさにこういう時の為の心得だと思った。
油断なく周囲を窺い、僅かな異変すら見逃すまいと神経を研ぎ澄ませた。
しかし……
「おい、あんたは大丈夫か? ギリギリぶつかってないと思うんだけどよ」
「!?」
窓越しにそう声を掛けられ、男はハッとなった。
見ると、中年男性がこちらを覗き込んでいる。後ろの車両のドライバーだった。
「あ…はい、大丈夫です」
窓を開けながらそう応えた。
「そうか。そりゃよかった。しっかし、朝っぱなからまいったぜ」
中年男性は溜め息交じりにそう告げながら、辺りを見回した。
すると、反対車線にも何台もの車両が止まり、一部破損したものも見受けられた。
なのに、
「いや、本当なんだよ! 俺も何にぶつかったのか分からないんだよ!」
何人もの人間に囲まれてそう声を上げているのは、男の運転するハイヤーにぶつかりそうになったワンボックスカーのドライバーだった。
「その人の言ってることは本当だよ。私、すぐ後ろを走ってたけど、何もないところで急にその人の車が壊れたんだ」
若い女性ドライバーが言う。
すると、
「俺もだよ。確かに何もなかったのに何かにぶつかったんだ」
という声が。反対車線を走っていて、同じように何かに衝突したらしい車両のドライバーだった。
不可解な話ではあるが、何も被害はなかったとはいえ、その場に居合わせてしまったことについては会社に報告もしなければいけない為、男はまだあの<蜘蛛の怪物らしきもの>の気配を見逃すまいと神経を研ぎ澄ませつつ、無線を手にしたのだった。
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