JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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魔法使いの章

フルコース

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少し時間は遡る。

魔法使い共の惑星ほしでの一件があって以降、まるで人が変わったかのように大人しくて真面目な風になった赤島出姫織あかしまできおりは、新伊崎千晶にいざきちあきとよく一緒にいた。

とは言え、お互い楽し気に会話するでもなくただ一緒にいるというだけだ。恐らくは、幼馴染みだということに加え、同じ経験をした魔法使いということである種の仲間意識が芽生えていたのだろう。

だがそれも、新伊崎千晶が姉の千歳と再会し一緒に暮らし始めた頃からまた状況が変わり始めた。新伊崎千晶の表情が幾分柔らかくなり、ほんの少しだが明るい表情も見せ始めたのだ。すると今度は、赤島出姫織が新伊崎千晶を避け始めたのである。しかしそれは、新伊崎千晶が変わったことを妬んでのことではない。明るい表情が出来るようになりつつあるこいつの前に辛気臭い顔をした自分がいるとせっかくのそれが台無しになると思ってのことだった。新伊崎千晶の方も、そんな赤島出姫織の気遣いに若干の申し訳なさを感じつつもありがたく受け入れた。

とまあ、教室の中で私の見ている前でこいつらはそんな様子を延々と展開していたのだ。まったく鬱陶しい奴らだ。もっとはっきり言ってやってシャンとしろ。

などと思いつつも特に口出しもしなかったがな。

しかし、赤島出姫織の姿にも、以前のような疎外感や孤立感は感じられなかった。こいつはこいつで望んで距離を置くようにしているのだ。己が何者かを知っているが故に。

赤島出姫織は他の連中が何をしていてももはや構わず、ただ一人佇んでいた。新伊崎千晶も同じように一人でいたが、漂わせている雰囲気は赤島出姫織のそれとはまた違っていた。あくまで自分の心地良い時間に浸っているという風情にも見えた。

教師は、そんな感じで大人しく真面目になり、新伊崎千晶に至ってはギャル風だった外見もすっかり普通の女子中学生のそれになり、しかも成績も急激に上がった二人を褒めたりしていたが、まあ当人達はそんなことはどうでもよかったようだった。

以前のような刺々しい雰囲気がなくなった赤島出姫織には言い寄る男子も多かったようだが、いつも「ごめんね」とあしらっていた。今はまだ、他人と親しく付き合う気になれなかったらしい。

こいつは今、自分の過去と折り合いをつけるためにそれと向き合う作業の真っ最中なのだろう。他人のことに構っている時間もないのだ。

だがそんなある日、赤島出姫織は異変に気付いた。小学校の時に同級生だったかつての友人が学校に来なくなったという話を耳にしたのだ。その元同級生とは既に疎遠になっていたので最初はそれほど気にしていなかったのだが、真面目でそれまで学校をさぼったことなどなかった筈の元同級生の変貌が心のどこかに引っかかってはいた。そしてそのすぐ後で、別の元同級生も不登校になったというのである。

ここまでならまだ普通の人間は偶然だと考えるかも知れないが、魔法使いとしての力を取り戻していた赤島出姫織にはこの時点でハッとくるものがあったらしい。

『何かおかしい』

と。そう思い始めると、異様な気配を察するようになり、クラスの中にもそれと同じ気配を発する者がいることに気付いたのだった。

そこで、もっともその気配が強かった者の後をつけたことで、碧空寺グループの飲食チェーン店に行きついたという訳だ。そこは当然如く異様な気配が強く、明らかにそれが原因であるとピンときた。食事に何かが混ぜられているとはすぐに気付いたので自分でも注文してみて、詳しいことまでは分からなかったもののもう間違いないと察していた。

その後も赤島出姫織は一人で監視を続け、飲食チェーン店に食材を卸している食品卸会社に行きついたということだ。

しかしどうして一人でそういうことをしていたかと言えば、邪神である私に対する恨みはいくらかマシになってたとは言えわだかまりまでは消えていなかったし、同じ魔法使いとは言え幸せそうにしていた新伊崎千晶を巻き込みたくなかったということだったらしい。

なるほど人間らしい話ではあるが、私に言わせれば実に愚かだ。相手の正体も力もロクに調べもせずに自らの力を過信したこともそうだし、たとえ無駄でも一応は私に話を持ってくるべきだったのだ。

私も、赤島出姫織があれこれ探っていることには気が付いていた。私にも分かりに難くなるように気配も隠そうとせずうろつけば当然だ。しかもその為にちょこちょこと魔法を使ったりもしていたしな。

私にはバレバレだったが、人間の後をつけたりする時には察知されないように気配を隠してはいたのだ。中途半端な知識で中途半端な魔法を使って。それで人間には分からなくても、それなりに魔法を知る者にとっては逆に篝火をあげてるようなものだった。新伊崎千晶のように未熟な者、月城こよみのように関心を持たない者には気付かれなくても、私には分かってしまう。

そんな訳で、食品卸会社に一人で乗り込んだことも私には筒抜けだったのである。

で、結果はこの有様ということだ。手足はもがれ、目は潰され、腹は裂かれ、だが半端に回復させられることで死ぬこともできず、淫魔の慰み物として弄ばれるという末路を辿るというな。

しかも、見ればこの淫魔共、以前に赤島出姫織を拉致しようとした連中の何人かを依代にしたものではないか。

なるほど、飲食チェーン店の常連で使えそうな奴ということで目を付けられたということか。こっちもロクでもない悪因縁に引き寄せられたものだな。以前の拉致事件の際に赤島出姫織が捜査に協力せず、結局は自動車窃盗の容疑だけで逮捕され、主犯格の奴以外は初犯だったり従属的な立場ということだったりで起訴猶予になったか執行猶予が付いたということか。

まあその辺の人間の判断は私にとってはどうでもいい。化生共に憑かれなければ関わることもなかっただろうからな。だが、敢えて言わせてもらおう。

「よくもまあ、やってくれたものだな。それは私のモノだ。私のモノに手を出したということは、それなりの覚悟があってのことだろうなあ?」

まったく手加減なしの狂悦の笑みを浮かべ、私の肉体は変形へんぎょうしていた。両手両足は鉤爪を備えた獣のそれになり、髪は漆黒の刃を兼ねた四枚の翼になり、目は紅蓮の炎の熱を持つ紅い邪眼となった。

「さあ来い、この虫けら共ぉ!」

私が発した声が空気を叩くと、ビクッと体を震わせた化生共が追い立てられるようにして私へと群がった。私はそれらを手当たり次第に容赦なく引き裂き、叩き潰し、噛み砕き、まとめて切り裂いた。私の邪眼に囚われたものはその存在そのものが呪われて塵と化し、私の声を浴びたものは血袋と化し爆ぜた。

その時の私の姿は、化生共よりよほど<怪物>であっただろう。だが、その認識は正しい。私はこいつらとは次元の違う存在なのだ。こいつらから見れば、私こそが怪物なのだから。

雑魚共を薙ぎ払い、ギビルキニュイヌの女王の体を貪り食ってやって、勝負は瞬く間に着いた。バラバラに食い散らかした女王を放り出し、私は更に奥にいる奴を睨み付けた。サタニキール=ヴェルナギュアヌェ。人間からすれば恐ろしく強靭な肉体を再現してるであろうその姿も、今の私にとっては芋虫と変わらん。いや、メインディッシュだな。

「そこにいたか小僧。貴様も食ってやる…!」

加減のない私の呪いの言葉は空気を裂きサタニキール=ヴェルナギュアヌェの肉体をも裂いた。それを見た奴が顔を歪め笑い出す。

「ハハハハハ! さすがはクォ=ヨ=ムイ。恐ろしい力だな!!」

私と奴との間の空気が、メキメキと音を立てて砕けていくかのようであった。

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