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魔法使いの章
ささやかな抵抗
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「幸せかって訊かれたら、うん、まあ、幸せかな」
肥土透や黄三縞亜蓮と顔を見合わせ、月城こよみが代表する形でそう応えた。残る二人も頷く。
「自分の家族には恵まれなくてもか?」
続けての質問にも月城こよみは頷いて、
「うん。幸せだよ。だってあなたが言ったんでしょ? 『血は繋がっていても家族とは言えない場合があってもそれは仕方ない』って。あと、『両親は両親、お前はお前だ。別の人間であり、人格だ。一時的に同居してただけだと思えばいい』とも言ってくれたよね」
と言った。だが、
「そんなこと言ったか?」
と私は返した。当然だ。こいつが言ってるのは、こいつの本体だった方の私のことだろう。記憶や意識を同期せんかったから、私の知らん部分もあるのだ。月城こよみが、それを補足する。
「あなたは知らないかも知れないけど、あなたが言ってくれたんだよ。だって、私と一緒にいてくれたクォ=ヨ=ムイも、あなたなんでしょ?」
そうだ。その通りだ。どれほど違ってるように見えようとも、どちらも間違いなく私なのだ。だから私は応える。
「そうだな…」
と。そんな私に、月城こよみは笑い掛けていた。
「あなたは人間じゃないし、人間にとっては邪悪な存在かも知れないけど、私はあなたのおかげでこうしてられるんだって今なら分かるよ。だから、ごめん。『あなたをあのクォ=ヨ=ムイと同じとは認めない』とか言っちゃって…」
ああ、そのことか。別に私は気にしちゃいなかったがな。それでも、月城こよみは目を逸らしながらも付け加えた。
「ホントはずっと謝りたかったんだ。あなたは私達とは違う。違う価値観、違う世界で生きてる。存在の成り立ちからして違う。だから私達の考え方や感じ方を押し付けることはできない。
最初から分かってた筈だけど、以前の私はそれを受けとめられなかった……でも今は分かるよ。私達は別の存在なのに、それでもこうして一緒にいることができる。それがすごいことなんだって」
それは、穏やかで柔和で、すべてを受け入れた者の笑顔だった。自らの幸せを手に入れた者の笑顔だった。が、次の瞬間。
「でも、それはそれとして、あんたが人間に酷いことしようとするのは許さないからね!」
と、また目を三角にして私を睨み付けてきた。
「く、くくく……くくく、ははは、あぁははは!」
私は笑っていた。自分の中から込み上げるものを抑え切れずに笑っていた。
いい気分だった。実に楽しかった。
そうだ。お前はそれでいい。違うということを認めるのが大切なのだ。互いの違いを認識することから事実の理解は始まる。深淵へ踏み込む準備が始まる。自分の尺度で相手を図ろうとしている限り、理解などできぬ。さすがだな。
「お前の言う通りだよ、月城こよみ。私達はそれぞれ違う。決して互いのすべてを完全には理解することのできぬ別の存在だ。だが、違うということを理解するのはできる。お前達はそれができるようになったから、血の繋がりの頸木から解き放たれたのだ」
「……」
私を見詰めるこいつらに対して、私はなおも言う。
「改めて言ってやる。
そうだ。血の繋がりは絶対ではない。血が繋がっていようと、親とお前達は別の存在だ。互いに相手の全てを理解することなどできんのだ。親は子を完全には理解できんし、子は親を完全には理解できん。必要なのは、違うという事実を理解し、認めることなのだ。お前達の親は、子を育てる適性がなかった。それだけの話だ。
しかし、親の適性に恵まれなかろうと、お前達は親とは別の存在であり、己の力で自らの価値観と世界を作り上げていけるのだ。故に、お前達は幸せを掴むことができた。
お前達が掴んだ幸せは、お前達の今の社会の尺度では普通ではないかも知れん。だが、普通こそが絶対だというのも幻想に過ぎん。元より、<普通>などというもの自体が虚構に過ぎんのだからな。
お前達はお前達の生を歩めばいい。生まれてくる子が災厄をもたらすことになるとしても、それはあくまで可能性の話でしかない。まだ確定した事実ではないのだ。ならば今の幸せを大切にするがいい。何かが起こるなら、それは起こってから考えれば済むことだ」
「……」
私の言葉を、月城こよみ、肥土透、黄三縞亜蓮、山下沙奈、碧空寺由紀嘉は黙って聞いていた。しかし私を見詰めるその目は、意志ある者の目だった。全てを誰かに依存し己で考えることを放棄した者の目ではなかった。私を信仰しているのであろう山下沙奈と碧空寺由紀嘉でさえ、しっかりと自分の意思を保っていた。私はそれが楽しくて仕方なかった。
そうだ。ただ私に心酔し、何もかも私任せにした奴など何も面白くない。己を保っているからこそ弄ぶ価値があるというものだ。本当にお前達は素晴らしいよ。ここにいない新伊崎千晶《にいざきちあき》と千歳もそうだ。奴らも己の生き方を見付けようとしている。自我を確立しようとしている。自分を見てくれない親という呪縛から解き放たれ、自分を見ることができない親という事実を受け入れることができるようになりつつある。だから奴らも満たされているのだ。
いやはや、実に楽しい。お前達は私を愉快にさせてくれる。単なる私の家畜であることをここまで否定してくれるとは、愉悦愉悦。
そしてこれこそが答えだ。サタニキール=ヴェルナギュアヌェの奸計に飲まれぬ者も、飲まれた者も、どちらが優秀でどちらが優秀ではないという問題ではないのだ。
それは所詮、適性の話でしかない。お前達の親に子を育てる適性はなかったが、そんな親の子として生まれたお前達でも己の生を生きることはできる。適性が無いのなら、それは周囲の者が補ってやればいい。答えそのものは実に単純で簡単なものだ。あとはそれを実行できるかどうかの問題だ。
が、今の多くの人間達にはそれが大きな壁だった。自分の考えに合わん奴は切り捨てようとする考えが支配的であり、適性の無い者を『甘えてる』と断罪することこそが正しいと思い込んでいる者が大半だったのだ。
吉泉《きっせん》中学校でもそれは変わらず、サボり癖を発症した者を強引に引きずり出すか、でなければ切り捨ててしまえという考えが支配的だった。
愚かな奴らだ。強引に引きずり出すだけではそいつらは変わらない。かと言って単に切り捨てれば、これからも切り捨てなければならん奴は増えるだけだぞ。そうやって切り捨てていけば、いずれは集団としての基盤すら危うくなる。機能を維持できる人数を確保できなくなる。そうなればもはや学校として存続できなくなる。それが理解できんのか。
しかしそんな中でも、ただ切り捨てるだけのやり方を良しとしない者はいた。自然科学部の代田真登美と玖島楓恋も、そんな人間の一人だった。
代田真登美は、部活の後で不登校に陥った友人の家を訪ねてはただ話を聞き、玖島楓恋は近所の親が怠惰になってしまって世話ができなくなった子供を預かり、面倒を見てやっていた。それにより、辛うじて正気を保っている者もいたのだ。そして代田真登美や玖島楓恋のような人間は、他にもいたのであった。
しかもそれだけではない。サタニキール=ヴェルナギュアヌェの奸計に飲まれた者を支えようとするのとは別に、奴の奸計そのものに立ち向かおうとする者も現れた。赤島出姫織だった。
赤島出姫織は自ら異変を察知し、それが人間ではない何者かの仕業であることを見抜いたのだ。私達とは全く別に動き、怠惰に陥ってる人間の多くが碧空寺映美が指揮する側の碧空寺グループの飲食店やホテルの常連客であることを自力で突き止め、そこで出される食事が原因であることまで突き止めていたのだった。
赤島出姫織は、自らが魔法使いであることの意味を、普通の人間にはできないことをするという形で見出そうとしていたのだった。
肥土透や黄三縞亜蓮と顔を見合わせ、月城こよみが代表する形でそう応えた。残る二人も頷く。
「自分の家族には恵まれなくてもか?」
続けての質問にも月城こよみは頷いて、
「うん。幸せだよ。だってあなたが言ったんでしょ? 『血は繋がっていても家族とは言えない場合があってもそれは仕方ない』って。あと、『両親は両親、お前はお前だ。別の人間であり、人格だ。一時的に同居してただけだと思えばいい』とも言ってくれたよね」
と言った。だが、
「そんなこと言ったか?」
と私は返した。当然だ。こいつが言ってるのは、こいつの本体だった方の私のことだろう。記憶や意識を同期せんかったから、私の知らん部分もあるのだ。月城こよみが、それを補足する。
「あなたは知らないかも知れないけど、あなたが言ってくれたんだよ。だって、私と一緒にいてくれたクォ=ヨ=ムイも、あなたなんでしょ?」
そうだ。その通りだ。どれほど違ってるように見えようとも、どちらも間違いなく私なのだ。だから私は応える。
「そうだな…」
と。そんな私に、月城こよみは笑い掛けていた。
「あなたは人間じゃないし、人間にとっては邪悪な存在かも知れないけど、私はあなたのおかげでこうしてられるんだって今なら分かるよ。だから、ごめん。『あなたをあのクォ=ヨ=ムイと同じとは認めない』とか言っちゃって…」
ああ、そのことか。別に私は気にしちゃいなかったがな。それでも、月城こよみは目を逸らしながらも付け加えた。
「ホントはずっと謝りたかったんだ。あなたは私達とは違う。違う価値観、違う世界で生きてる。存在の成り立ちからして違う。だから私達の考え方や感じ方を押し付けることはできない。
最初から分かってた筈だけど、以前の私はそれを受けとめられなかった……でも今は分かるよ。私達は別の存在なのに、それでもこうして一緒にいることができる。それがすごいことなんだって」
それは、穏やかで柔和で、すべてを受け入れた者の笑顔だった。自らの幸せを手に入れた者の笑顔だった。が、次の瞬間。
「でも、それはそれとして、あんたが人間に酷いことしようとするのは許さないからね!」
と、また目を三角にして私を睨み付けてきた。
「く、くくく……くくく、ははは、あぁははは!」
私は笑っていた。自分の中から込み上げるものを抑え切れずに笑っていた。
いい気分だった。実に楽しかった。
そうだ。お前はそれでいい。違うということを認めるのが大切なのだ。互いの違いを認識することから事実の理解は始まる。深淵へ踏み込む準備が始まる。自分の尺度で相手を図ろうとしている限り、理解などできぬ。さすがだな。
「お前の言う通りだよ、月城こよみ。私達はそれぞれ違う。決して互いのすべてを完全には理解することのできぬ別の存在だ。だが、違うということを理解するのはできる。お前達はそれができるようになったから、血の繋がりの頸木から解き放たれたのだ」
「……」
私を見詰めるこいつらに対して、私はなおも言う。
「改めて言ってやる。
そうだ。血の繋がりは絶対ではない。血が繋がっていようと、親とお前達は別の存在だ。互いに相手の全てを理解することなどできんのだ。親は子を完全には理解できんし、子は親を完全には理解できん。必要なのは、違うという事実を理解し、認めることなのだ。お前達の親は、子を育てる適性がなかった。それだけの話だ。
しかし、親の適性に恵まれなかろうと、お前達は親とは別の存在であり、己の力で自らの価値観と世界を作り上げていけるのだ。故に、お前達は幸せを掴むことができた。
お前達が掴んだ幸せは、お前達の今の社会の尺度では普通ではないかも知れん。だが、普通こそが絶対だというのも幻想に過ぎん。元より、<普通>などというもの自体が虚構に過ぎんのだからな。
お前達はお前達の生を歩めばいい。生まれてくる子が災厄をもたらすことになるとしても、それはあくまで可能性の話でしかない。まだ確定した事実ではないのだ。ならば今の幸せを大切にするがいい。何かが起こるなら、それは起こってから考えれば済むことだ」
「……」
私の言葉を、月城こよみ、肥土透、黄三縞亜蓮、山下沙奈、碧空寺由紀嘉は黙って聞いていた。しかし私を見詰めるその目は、意志ある者の目だった。全てを誰かに依存し己で考えることを放棄した者の目ではなかった。私を信仰しているのであろう山下沙奈と碧空寺由紀嘉でさえ、しっかりと自分の意思を保っていた。私はそれが楽しくて仕方なかった。
そうだ。ただ私に心酔し、何もかも私任せにした奴など何も面白くない。己を保っているからこそ弄ぶ価値があるというものだ。本当にお前達は素晴らしいよ。ここにいない新伊崎千晶《にいざきちあき》と千歳もそうだ。奴らも己の生き方を見付けようとしている。自我を確立しようとしている。自分を見てくれない親という呪縛から解き放たれ、自分を見ることができない親という事実を受け入れることができるようになりつつある。だから奴らも満たされているのだ。
いやはや、実に楽しい。お前達は私を愉快にさせてくれる。単なる私の家畜であることをここまで否定してくれるとは、愉悦愉悦。
そしてこれこそが答えだ。サタニキール=ヴェルナギュアヌェの奸計に飲まれぬ者も、飲まれた者も、どちらが優秀でどちらが優秀ではないという問題ではないのだ。
それは所詮、適性の話でしかない。お前達の親に子を育てる適性はなかったが、そんな親の子として生まれたお前達でも己の生を生きることはできる。適性が無いのなら、それは周囲の者が補ってやればいい。答えそのものは実に単純で簡単なものだ。あとはそれを実行できるかどうかの問題だ。
が、今の多くの人間達にはそれが大きな壁だった。自分の考えに合わん奴は切り捨てようとする考えが支配的であり、適性の無い者を『甘えてる』と断罪することこそが正しいと思い込んでいる者が大半だったのだ。
吉泉《きっせん》中学校でもそれは変わらず、サボり癖を発症した者を強引に引きずり出すか、でなければ切り捨ててしまえという考えが支配的だった。
愚かな奴らだ。強引に引きずり出すだけではそいつらは変わらない。かと言って単に切り捨てれば、これからも切り捨てなければならん奴は増えるだけだぞ。そうやって切り捨てていけば、いずれは集団としての基盤すら危うくなる。機能を維持できる人数を確保できなくなる。そうなればもはや学校として存続できなくなる。それが理解できんのか。
しかしそんな中でも、ただ切り捨てるだけのやり方を良しとしない者はいた。自然科学部の代田真登美と玖島楓恋も、そんな人間の一人だった。
代田真登美は、部活の後で不登校に陥った友人の家を訪ねてはただ話を聞き、玖島楓恋は近所の親が怠惰になってしまって世話ができなくなった子供を預かり、面倒を見てやっていた。それにより、辛うじて正気を保っている者もいたのだ。そして代田真登美や玖島楓恋のような人間は、他にもいたのであった。
しかもそれだけではない。サタニキール=ヴェルナギュアヌェの奸計に飲まれた者を支えようとするのとは別に、奴の奸計そのものに立ち向かおうとする者も現れた。赤島出姫織だった。
赤島出姫織は自ら異変を察知し、それが人間ではない何者かの仕業であることを見抜いたのだ。私達とは全く別に動き、怠惰に陥ってる人間の多くが碧空寺映美が指揮する側の碧空寺グループの飲食店やホテルの常連客であることを自力で突き止め、そこで出される食事が原因であることまで突き止めていたのだった。
赤島出姫織は、自らが魔法使いであることの意味を、普通の人間にはできないことをするという形で見出そうとしていたのだった。
応援ありがとうございます!
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