JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
223 / 562
魔法使いの章

群れる生き物

しおりを挟む
何を根拠にサタニキール=ヴェルナギュアヌェの仕業だと分かるのか?

簡単だ。ここまで人間を一度に堕落させられるのは、私クラスの存在を除けば奴しかいないからだ。同じように人間の気力を奪い怠惰にさせる化生は他にもいるが、そいつらは所詮、自らが憑いた人間だけを堕落させられるだけでしかない。規模が違い過ぎる。

しかも、生活は破綻したが生きる気力までは完全に失われた訳ではなく、多くの者が生活保護を申請するなどして生きる努力だけはしようとしていた。

この辺りの微妙な匙加減がまたいやらしい。私が文句を言いたくなるギリギリの辺りを攻めてきているのが分かる。取り敢えず生きる気力さえ失われていなければそれなりに楽しめるからな。

とは言え、このまま働く意欲を失いつつも生きようとだけはする人間が増えれば、社会的には大きな負担になるしやがて混乱にも繋がるだろう。

社会保障というやつは、百人のうちの一人が働く気力を失っても九十九人が働いていれば十分に成り立つが、それが五人十人となってくるといつかは破綻するのだ。

そいういう社会基盤に働きかける辺りもまたいやらしいな。奴の性格の悪さが滲み出ている。

奴がどうやって人間を堕落させてるのかも、既に判明済みだ。

仕掛けは実に簡単明瞭。飲食店やホテルで提供してる食事に奴自身が調合した薬物を、すぐには知覚できない程度に混ぜているのだ。だから、一度や二度食べただけではただ無性に次も食べたくなる程度の影響でしかない。しかし継続的に食べ続ければ意欲が失われ怠惰になり、仕事が続けられなくなる。私の<影>が食事をして確かめたから間違いない。

幸い、その薬物は、私はもちろん、月城こよみや肥土透ひどとおる黄三縞亜蓮きみじまあれん、山下沙奈らそれなりに力を持つものに影響を及ぼす程ではなかった。魔法使いである新伊崎千晶にいざきちあき赤島出姫織あかしまできおりに対してもさほど効果はないだろう。千歳はもう外で食事をしなくなっていたし、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかはそもそも碧空寺グループと関わりたくないと思っているから当然、食べになど行かない為に何も問題はなかった。

また、自然科学部でもはや二人だけになってしまった普通の人間である代田真登美しろたまとみと玖島楓恋《くじまかれん》は、普段から頻繁にファミリーレストランを利用する訳ではないし、その生来の生真面目で責任感の強い性分により、それぞれ一度ほど利用しただけで済んでいる。一度や二度食べた程度なら元々強い自制心を持っている人間であれば十分に抗えるものでしかないからだ。

が、学校全体として見れば、不登校の生徒が確実に増えていた。しかも、学業やクラブ活動に対する意欲が明らかに下がっており、教師は皆、頭を悩ませていた。特に古塩貴生ふるしおきせいに至っては、碧空寺由紀嘉本人が私の別宅に住むようになった頃から全く学校に来ていないそうだ。奴の場合はまた事情が違うかも知れんが、まあサタニキール=ヴェルナギュアヌェが絡んでいるという意味では全く無関係でもないだろう。

無論、影響は生徒だけではない。教師にも意欲が下がっている者が見られ始め、無断欠勤をする者もいたのだ。

それでも人間は、まだそれらが繋がりのある現象であるとは理解できていなかった。ただ何となく、サボり癖のようなものが学校に蔓延しつつあるという程度の認識でしかなかった。その為、普段から暑苦しいくらいに意欲的ないわゆる<熱血教師>が台頭を始め、生徒や他の教師のネジを巻こうと妙に張り切り始めてもいた。そういう奴らにも、奴の薬物は効果が薄いからな。

そしてここまでくると、さすがに月城こよみも異変に気付く。

「最近、学校の様子が変なんだけど、まさか心当たりがあったりしないよね?」

部活の後、いつも通りに私の家に他の連中と一緒に来ていた月城こよみがケーキを口にしながら私に訊いてきた。

「なんだ。今頃気付いたか。下賤の輩の仕業に決まってるだろう」

私は特に隠し立てもせず、そのまま答えた。すると月城こよみがまたも目を三角にして吠える。

「分かっててほったらかしかあんたはーっっ!!」

さすがにこのメンバーに加わってまだ日も浅い碧空寺由紀嘉はその剣幕に「ひっ!?」と息を詰まらせて引いていたが、他の連中は『いつものことだ』と平然としていた。

そんなこいつらの前で私は言った。

「ふん。お前が今頃になってやっと気付く程度のことに癇癪を起してどうする。この程度のことなど、元々人間自身も十分に陥る場合がある。私は実際にそういう事例を何度も見てきた。今回はたまたま化生の仕業だったというだけだ。このくらいならどうこうしなきゃならん必要性も感じんな」

そうだ。社会を混乱に陥れるほどになれば私としても黙ってはいられないが、今程度であれば様子を見てやっても構わんのだ。そして何より、今ならまだ、人間自身の気の持ちようで何とかなるレベルである。ここから人間が持ち直すのかこのまま落ちぶれていくのか、私自身も少し興味が出てきていたのだった。

恐らくサタニキール=ヴェルナギュアヌェもそれを分かっていてこれくらいに抑えているのだろう。実にいやらしい奴だ。

「貴様ら人間は、すぐに何かの所為にして甘えようとする。

『社会が悪い』『制度が悪い』『法律が悪い』『誰かが悪い』と、自分を助けてもらうことばかり考える。

だがな、問題を解決するには己が変わらなきゃならんのだ。周りに変わってもらうことを期待していても、誰もそんなことに応えちゃくれんぞ? 個人の都合に合わせてやらなきゃならん理由はどこにもないのだ。

今度の奴は、力こそそれなりに強大だが、破壊することが目的ではない。人間を堕落させ享楽的にすることを奴は望んでいるのだ。しかも、人間の力では抗えない程のわざでもない。気をしっかりと持てばどうということもないレベルでしかない。貴様ら人間は試されているのだ。己の力で立つことができるのか、それとも未だに高次の存在に支えてもらわねば立ってることすらできない赤子なのかをな」

「……」

私の言葉に、月城こよみは黙ってしまった。こいつにも分かるのだ。私の言ってることが。確かに大した威力も悪意も感じない。ただひたすらだらけた気分になり目先の楽を選び取りたくなる程度の力が作用しているくらいのことでしかないと。それを撥ねつけられないのは人間が弱いからだ。

代わりに、黄三縞亜蓮が口を開く。

「じゃあ、これで落ちぶれない人間は優秀ってことでいいの?」

なるほど。そういう解釈でくるか。だが、それは甘い。

「確かに、奴の影響を撥ね退けて意欲を失わん人間は、ある意味では優秀とは言えるだろう。だが、実際にはそう単純なものでもない。考え無しで無闇にポジティブなだけの奴にも効果が薄いのだ。お前は、そういう人間を優秀だと思うか?」

「あ、それは無理」

「理解が早くて結構だ。お前は実際に優秀だよ。

意思の強い人間が必ずしも優秀とは限らん。逆に、意志が弱いからと言って才覚に恵まれないともやはり限らん。

お前達人間は、群れることでしか生きられん脆弱な生き物だ。群れるというのは、お前と碧空寺由紀嘉及び赤島出姫織が信号機トリオを組んでた時のような、弱い力を合わせて大きな力に見せかけることではない。互いの弱さを補い合い、それぞれの能力を有効に活かすことなのだ」

そこで一旦言葉を切り、私は改めて問うた。

「月城こよみ、肥土透、黄三縞亜蓮。お前達は今、幸せか?」

「……え…?」

私の突然の問い掛けに、こいつらは思わず互いの顔を見合わせていたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

異形病院

おしゅれい
ホラー
世界中に蔓延した疫病により、人間のいなくなってしまった世界で、人間を取り戻す方法を探す病院の話。 日記のように、患者のメモを書いていきます。

朝にも絶妙な野花(ちゃん)の怖い話を見守ろう

テキトーセイバー
ホラー
「彼女の怪異談シリーズ」と「にもない怖い話シリーズ」のコラボ作品であります。 注:野花ちゃんは作者のことではありません。 全8話予定してます。 表紙は生成AI

人喰い遊園地

井藤 美樹
ホラー
 ある行方不明の探偵事務所に、十二年前に行方不明になった子供の捜索依頼が舞い込んだ。  その行方不明事件は、探偵の間では前々から有名な案件だった。  あまりにも奇妙で、不可解な案件。  それ故、他の探偵事務所では引き受けたがらない。勿体ぶった理由で断られるのが常だ。断られ続けた依頼者が最後に頼ったのが、高坂巽が所長を務める探偵事務所だった。高坂はこの依頼を快く引き受ける。  依頼者の子供が姿を消した場所。  同じ場所で発生した二十三人の行方不明者。  彼らが姿を消した場所。そこは今、更地になっている。  嘗てそこには、遊園地があった。  遊園地の名前は〈桜ドリームパーク〉。  十年前まで、そこは夢に溢れた場所だった。  しかしある日を境に、夢に溢れたその場所は徐々に影がさしていく。  老若男女関係なく、二十三人もの人が、次々とその遊園地を最後に、忽然と姿を消したからだ。あらゆる方向性を考え懸命に捜索したが、手掛かり一つ発見されることなく、誰一人発見される事もなかった。  次々と人が消えて行く遊園地を、人々はいつしか【人喰い遊園地】と呼び恐れた。  閉園された今尚、人々はその遊園地に魅せられ足を踏み入れる。  肝試しと都市伝説を確かめに……。  そして、この案件を担当することになった新人探偵も。  新人探偵の神崎勇也が【人喰い遊園地】に関わった瞬間、闇が静かに蠢きだすーー。  誰もそれには気付かない……。

浦町ニュータウン~血塗られた怪異~

如月 幽吏
ホラー
浦町ニュータウンで起きる怪異。 それはその土地に関係しているという――― 《第一部》 美湖の様子がおかしい。 そして、両親は美湖を心配するが、それは、美湖ではなく、佳代子だった。 明かされる佳代子と霧島の過去ーー 《第二部》 美湖の死後今度は友人の汐梨がーーー。 更新中!!

完全版・怪奇短編集

牧田紗矢乃
ホラー
寝ない子供の所へ現れるという「婆(ばば)」を見てしまった少年。霧の晩、山に捨ててしまった子供の声で語りかけてくるモノ。高校の入学祝いで買ってもらった携帯電話に掛かってくる間違い電話。 日常の中で怪異と出会ってしまった瞬間を描き出した短編集。 恐怖だけではない、どこか奇妙な世界をご堪能あれ。 前身となる「怪奇短編集 ―Mysterious Worlds―」の全100話を日常ノ怪①・②、動植物ノ怪、人ノ怪、学校・職場ノ怪の全5章への分類・整理。一部の短編は新規のものと差し替えております。 さらに書き下ろしの「秘密ノ怪」は全5話を掲載予定です。 毎週水曜日と土曜日の深夜0時頃に更新します。 裏話満載のオフィシャルファンブックはこちら→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/180133519/740582236 他の小説投稿サイトでも同時連載中。

俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク
ホラー
俺は人間が嫌いだ  そんな青年がいた 人の認識で成り立つこの世界  人の認識の歪みにより生まれる怪異 そんな青年はある日その歪みに呑まれ  取り殺されそうになる。 だが怪異に対抗する少女に救われる。  彼女は旋律士 時雨  彼女は美しく、青年は心が一瞬で奪われてしまった。  人嫌いの青年が築き上げていた心の防壁など一瞬で崩れ去った。  でも青年はイケメンでも才能溢れる天才でも無い。  青年など彼女にとってモブに過ぎない。  だから青年は決意した。  いい人を演じるのを辞めて  彼女と一緒にいる為に『嫌な奴』になると。

出雲の駄菓子屋日誌

にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。 主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。 中には、いわくつきの物まで。 年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。 目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。

処理中です...