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魔法使いの章
邪神の愚痴
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「こんにちは。お世話になります」
私が連れ帰った碧空寺由紀嘉がそう言って頭を下げると、山下沙奈も、
「こんにちは」
と頭を下げた。
「今日から、もう一軒の方の家に住むことになった」
私が簡単に説明すると、それだけで察していた。他の連中には内緒にしていたが、山下沙奈にだけは新しく家を買ったことを告げていたのだ。
しかし結局、新しく買った家の方ももう使うことになってしまったか。
もちろん何かの形で使うつもりで買ったのだからそれは別に構わんのだが、さすがに我ながらタイミングが良すぎるだろう。まるで碧空寺由紀嘉の為に買ってやったみたいになったではないか。
そちらも、千歳が住みついている別宅と同じような、築四十年ほどの狭小建売住宅だった。ほぼ建築当時のままだしやはり風呂は一畳風呂だが、私の影を住まわせてたからもう既に生活できる状態にはなっている。
それを今度は、掃き出し窓の脇の壁に専用のドアを私が作って、向こうの家にも同じく壁に専用のドアを作り、それで繋げた。なんだかどんどんおかしな家になっていくな。
それでもまあ、昔にはもっと滅茶苦茶に空間を繋いだ迷宮のような館に住んでいたこともあるからそれに比べればまだ大人しいものだが。
と、一時間ほどで準備は完成した。元々の自宅とはまるで違ういかにも庶民の家という風情にそれに、碧空寺由紀嘉はむしろ感心していたように興味深げに見ていた。
「部屋を全部合わせたら元の私の部屋と同じくらいですね。これならそんなに困らないと思います」
だと。やれやれ言うじゃないか。
碧空寺由紀嘉の影が毎日向こうの家から私の家に来てそこから本人が学校に通うことになるから、その時に自室から私物を少しずつ持ってきてこちらの家に置くことになるだろう。
何だかんだとしているうちに時間も過ぎ、山下沙奈は夕食の準備を始めていた。碧空寺由紀嘉も私の本宅で食べることになるので、五人分の食事を用意することになる。そこで今日はシチューにしたようだ。鍋を前に嬉しそうにシチューの様子を見るその姿が、いよいよ若妻風になってきている気がする。
そしてシチューが出来上がり、さらにもう一品、ロールパンを使ったサンドイッチも作り、まあまあ立派な夕食の用意が出来たのだった。
「みなさん、夕食の用意が出来ました」
山下沙奈がそう声を上げると、新伊崎千晶と千歳が現れ、遅れて碧空寺由紀嘉がリビングに現れた。
「……」
「……」
碧空寺由紀嘉に対して特別な感情を抱いていなかった千歳はそれほど気にしてなかったようだが、さすがに新伊崎千晶はバツが悪そうだった。なにしろこいつにとってはあまりいい思い出がない相手だし、それを理由に貶めようとしていた相手でもある。
そしてそれは碧空寺由紀嘉の方も似たようなものだった。必ずしも中心的な立場ではなかったが他の連中に便乗する形で少なからず嫌がらせをした相手であり、色々と思うところもあったのだ。
それ故、微妙な雰囲気の夕食になってしまったが、まあ最初のうちはこんなものだろう。どうせこいつらも今となってはお互い様だ。
山下沙奈もこういう雰囲気に慣れてしまったのかさほど気にしていなかった。常に他人の顔色を窺ってビクビクしていたこいつも、変われば変わるものだな。
そう言えば、新伊崎千晶が碧空寺由紀嘉にやったことは、陥れるどころじゃなく、結果として丸焼きにされて消し炭になったり怪物に生きたまま頭から丸かじりされる等の、人間にとってはシャレにならんものだったな。
が、当の碧空寺由紀嘉の方がどうも薬物の影響かその辺りの記憶がうまい具合に緩和されてしまっているらしい。本人の中では本当にただの悪夢のような感じになっているようだ。怪我の功名と言うか何と言うか。
薬物への依存については、私がいればどうにでもなる。影響を受けてる脳の部分を巻き戻してやればいいだけだからな。人間には治療は難しくとも、私にとってはかすり傷を治すのと大差ない。
私も、信仰してくれる奴がいるのは、決して悪い気はしない。たまに鬱陶しい奴もいたりするが、山下沙奈や碧空寺由紀嘉が向けてくれているものは好ましいものと言ってもいいだろう。だからと言ってホイホイ願い事を聞いてやったりはせんがな。何せ私は邪悪なのだから。
「え…と、これって……?」
食事の後は風呂だが、碧空寺由紀嘉は自動の湯沸かし器以外使ったことがないということだったので、風呂の沸かし方をレクチャーしてやった。しかしどうも一回では心許ないので何度か見てやらんといかんようだ。それでも、これはこれで新鮮で楽しいらしく、
「へえ! そんな風にするんですね…!」
などと、幼い子供のように興味深げに聞いていた。
いや、こういう庶民的な家だから楽しいという訳ではないのか。こいつは、自分のことを見てくれる、自分の話を聞いてくれる相手がいるのが嬉しいのだ。ただの人形やペットとしてではなく、人間として見てくれる存在がいるのが嬉しいのだ。新伊崎千晶や千歳と同じだ。本人が本当に求めていたものが見付かったということだな。
だがなあ。こんなことをしているとキリがないのも事実ではある。本来ならこういうことは人間同士でやってもらわんと困るのだ。何の為に、子供を育てる適性のない親に指導を行い、それでも改善されないなら子供を保護し親の代わりに養育するという考え方をするようになったと思っているのだ。それをもっと活かさんか。何故私がそれをせねばならんのだ。
私は保育士でもカウンセラーでもない。善意の里親の真似事がしたい訳でもない。人間以上に人間のことが分かってるのだとしても、私は所詮、蟻を観察してる観察者のようなものでしかない。私が人間を育てるなど、養殖のようなものだ。貴様らは畜産物になりたいのか?。
人間共は私を<神>などと称したりもするが、私は決して人間の全てを管理するつもりはない。管理など面倒臭いだけだ。何もかも管理しているものを弄んでも面白くもなんともない。勝手に育ち、私の思い通りにならんものを思い通りに弄ぶのが面白いのだ。人間のことは人間がやれ。必要な知識も情報もお前達は既に持っている筈だ。何故それを活かそうとせん? いつまで神とやらに甘えるつもりだ?
自分のことを自分で決められもせん存在が深淵を覗き込もうなど片腹痛いわ。
目の前で妙にテンション高くウキウキとしている碧空寺由紀嘉を見ながら、私はそんなことを考えていた。こいつは恐らく、両親の前ではこんな姿など見せたことがないのだろう。親の顔色を窺い親が望むことをやろうとしてストレスを溜め込み、人形やペットとしか自分を見てくれない親の代わりにきちんと自分を見てくれる相手を外に求めてつまずき落ちぶれたという訳だ。
さりとてこいつの場合はまだ早いうちにその間違いに気付けたから良かったのかも知れん。が、それを気付かせるのは本来なら人間自身の役目だ。私にそれをやらせてどうする。こんな事ではいつまで経っても親離れ出来ん子供と同じではないか。私の助けを借りつつもこうやって一人で生活しようとしている碧空寺由紀嘉の方がまだマシだ。
そういう頼りなさ故に、何もかもを管理し従わせることが人間にとっての救いになるとか考える奴が出てくるのだ。
こういうことを言うと人間はすぐに『説教臭い』とか言い出すが、言われたくないのなら最初からやって見せろ。できもせん奴が一人前の顔をしてればつい小言の一つも言いたくなる。そんなことも分からんか。
などと考えつつ、それと同時に、やけに自分が愚痴っぽくなったような気もしていたのであった。
私が連れ帰った碧空寺由紀嘉がそう言って頭を下げると、山下沙奈も、
「こんにちは」
と頭を下げた。
「今日から、もう一軒の方の家に住むことになった」
私が簡単に説明すると、それだけで察していた。他の連中には内緒にしていたが、山下沙奈にだけは新しく家を買ったことを告げていたのだ。
しかし結局、新しく買った家の方ももう使うことになってしまったか。
もちろん何かの形で使うつもりで買ったのだからそれは別に構わんのだが、さすがに我ながらタイミングが良すぎるだろう。まるで碧空寺由紀嘉の為に買ってやったみたいになったではないか。
そちらも、千歳が住みついている別宅と同じような、築四十年ほどの狭小建売住宅だった。ほぼ建築当時のままだしやはり風呂は一畳風呂だが、私の影を住まわせてたからもう既に生活できる状態にはなっている。
それを今度は、掃き出し窓の脇の壁に専用のドアを私が作って、向こうの家にも同じく壁に専用のドアを作り、それで繋げた。なんだかどんどんおかしな家になっていくな。
それでもまあ、昔にはもっと滅茶苦茶に空間を繋いだ迷宮のような館に住んでいたこともあるからそれに比べればまだ大人しいものだが。
と、一時間ほどで準備は完成した。元々の自宅とはまるで違ういかにも庶民の家という風情にそれに、碧空寺由紀嘉はむしろ感心していたように興味深げに見ていた。
「部屋を全部合わせたら元の私の部屋と同じくらいですね。これならそんなに困らないと思います」
だと。やれやれ言うじゃないか。
碧空寺由紀嘉の影が毎日向こうの家から私の家に来てそこから本人が学校に通うことになるから、その時に自室から私物を少しずつ持ってきてこちらの家に置くことになるだろう。
何だかんだとしているうちに時間も過ぎ、山下沙奈は夕食の準備を始めていた。碧空寺由紀嘉も私の本宅で食べることになるので、五人分の食事を用意することになる。そこで今日はシチューにしたようだ。鍋を前に嬉しそうにシチューの様子を見るその姿が、いよいよ若妻風になってきている気がする。
そしてシチューが出来上がり、さらにもう一品、ロールパンを使ったサンドイッチも作り、まあまあ立派な夕食の用意が出来たのだった。
「みなさん、夕食の用意が出来ました」
山下沙奈がそう声を上げると、新伊崎千晶と千歳が現れ、遅れて碧空寺由紀嘉がリビングに現れた。
「……」
「……」
碧空寺由紀嘉に対して特別な感情を抱いていなかった千歳はそれほど気にしてなかったようだが、さすがに新伊崎千晶はバツが悪そうだった。なにしろこいつにとってはあまりいい思い出がない相手だし、それを理由に貶めようとしていた相手でもある。
そしてそれは碧空寺由紀嘉の方も似たようなものだった。必ずしも中心的な立場ではなかったが他の連中に便乗する形で少なからず嫌がらせをした相手であり、色々と思うところもあったのだ。
それ故、微妙な雰囲気の夕食になってしまったが、まあ最初のうちはこんなものだろう。どうせこいつらも今となってはお互い様だ。
山下沙奈もこういう雰囲気に慣れてしまったのかさほど気にしていなかった。常に他人の顔色を窺ってビクビクしていたこいつも、変われば変わるものだな。
そう言えば、新伊崎千晶が碧空寺由紀嘉にやったことは、陥れるどころじゃなく、結果として丸焼きにされて消し炭になったり怪物に生きたまま頭から丸かじりされる等の、人間にとってはシャレにならんものだったな。
が、当の碧空寺由紀嘉の方がどうも薬物の影響かその辺りの記憶がうまい具合に緩和されてしまっているらしい。本人の中では本当にただの悪夢のような感じになっているようだ。怪我の功名と言うか何と言うか。
薬物への依存については、私がいればどうにでもなる。影響を受けてる脳の部分を巻き戻してやればいいだけだからな。人間には治療は難しくとも、私にとってはかすり傷を治すのと大差ない。
私も、信仰してくれる奴がいるのは、決して悪い気はしない。たまに鬱陶しい奴もいたりするが、山下沙奈や碧空寺由紀嘉が向けてくれているものは好ましいものと言ってもいいだろう。だからと言ってホイホイ願い事を聞いてやったりはせんがな。何せ私は邪悪なのだから。
「え…と、これって……?」
食事の後は風呂だが、碧空寺由紀嘉は自動の湯沸かし器以外使ったことがないということだったので、風呂の沸かし方をレクチャーしてやった。しかしどうも一回では心許ないので何度か見てやらんといかんようだ。それでも、これはこれで新鮮で楽しいらしく、
「へえ! そんな風にするんですね…!」
などと、幼い子供のように興味深げに聞いていた。
いや、こういう庶民的な家だから楽しいという訳ではないのか。こいつは、自分のことを見てくれる、自分の話を聞いてくれる相手がいるのが嬉しいのだ。ただの人形やペットとしてではなく、人間として見てくれる存在がいるのが嬉しいのだ。新伊崎千晶や千歳と同じだ。本人が本当に求めていたものが見付かったということだな。
だがなあ。こんなことをしているとキリがないのも事実ではある。本来ならこういうことは人間同士でやってもらわんと困るのだ。何の為に、子供を育てる適性のない親に指導を行い、それでも改善されないなら子供を保護し親の代わりに養育するという考え方をするようになったと思っているのだ。それをもっと活かさんか。何故私がそれをせねばならんのだ。
私は保育士でもカウンセラーでもない。善意の里親の真似事がしたい訳でもない。人間以上に人間のことが分かってるのだとしても、私は所詮、蟻を観察してる観察者のようなものでしかない。私が人間を育てるなど、養殖のようなものだ。貴様らは畜産物になりたいのか?。
人間共は私を<神>などと称したりもするが、私は決して人間の全てを管理するつもりはない。管理など面倒臭いだけだ。何もかも管理しているものを弄んでも面白くもなんともない。勝手に育ち、私の思い通りにならんものを思い通りに弄ぶのが面白いのだ。人間のことは人間がやれ。必要な知識も情報もお前達は既に持っている筈だ。何故それを活かそうとせん? いつまで神とやらに甘えるつもりだ?
自分のことを自分で決められもせん存在が深淵を覗き込もうなど片腹痛いわ。
目の前で妙にテンション高くウキウキとしている碧空寺由紀嘉を見ながら、私はそんなことを考えていた。こいつは恐らく、両親の前ではこんな姿など見せたことがないのだろう。親の顔色を窺い親が望むことをやろうとしてストレスを溜め込み、人形やペットとしか自分を見てくれない親の代わりにきちんと自分を見てくれる相手を外に求めてつまずき落ちぶれたという訳だ。
さりとてこいつの場合はまだ早いうちにその間違いに気付けたから良かったのかも知れん。が、それを気付かせるのは本来なら人間自身の役目だ。私にそれをやらせてどうする。こんな事ではいつまで経っても親離れ出来ん子供と同じではないか。私の助けを借りつつもこうやって一人で生活しようとしている碧空寺由紀嘉の方がまだマシだ。
そういう頼りなさ故に、何もかもを管理し従わせることが人間にとっての救いになるとか考える奴が出てくるのだ。
こういうことを言うと人間はすぐに『説教臭い』とか言い出すが、言われたくないのなら最初からやって見せろ。できもせん奴が一人前の顔をしてればつい小言の一つも言いたくなる。そんなことも分からんか。
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