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魔法使いの章
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やれやれ。ちょっと力が使えるようになったからと調子に乗りおって。
とは言え、それまでは使わんようにしてたのだから、今回使ったのは私が原因か。
まあいい。それよりも、人間の情とやらは実に不可解だ。別に仲が良かったわけでもないどころか、その姉からも実際に殴る蹴るの暴行を受けていた筈だというのに、姉のことが気になるか。
もしかすると、魔法学校での記憶が戻ったことも関係してるのかも知れんがな。かつての友達を守ってやれんかったという過去をそれで何とか穴埋めしようとかいうあれかも知れんし。
そんな自己満足など実にくだらぬ。が、私も自己満足の為にしか行動せんのだから、その辺りはやはり似ていると言えるか。
しかし、さすがに魔法の力を取り戻しただけあって、気配を隠すことも上達したじゃないか。これだけ強い因縁があるというのに見付けられん。さて、どうしたものか。
となれば、これはむしろ千歳を探す方が早いというものだろう。どうせあいつも千歳を探してるのだ。そんな訳で、私も千歳を探すことにした。なに、大した因縁はまだないが、探すだけならそれほど難しくもない。バカみたいに足跡を残しているからな。インターネット上に。
『石脇佑香、千歳は今、何をしている?』
私自身もネットワークに侵入して、石脇佑香とコンタクトを取る。自分で探してもいいが、ネットワーク内のことは石脇佑香の方が今では慣れているからな。奴に聞くのが手っ取り早い。
『は~い、現在、渋谷のスクランブル交差点周辺で神待ちしてるようで~す』
と、千歳のアカウントを私に見せてきた。なるほど、写真付きでサイトに今夜泊めてくれる相手を募集するメッセージを上げてたか。新伊崎千晶はこのメッセージには気付いていないようだ。
さすがにネット上で対象を追跡するということにおいては石脇佑香の方が一歩も二歩も先を行っている。
では、行くとするか。
とその前に。今のこの恰好では面倒臭いのに絡まれて邪魔だな。実際、今もバカ者が二匹、しつこく私に話し掛けてきている。
「去ね…!」
再び軽く狂悦の笑みをくれてやって黙らせた。
その上で過去の私の影を作り、そちらに意識を乗せて本体は家に戻り山下沙奈が寝ているベッドで横になった。
それは、いかにもうだつの上がらない頼りない中年サラリーマンだった。月城こよみとして生まれてくる二代前の私自身を基にした影だ。
ちなみに直前の前世は一人でプロレスごっこをしていて謝って首の骨を折って死ぬという何ともな末路を迎えた女子高生だな。
この中年サラリーマンな私も、酔っぱらいに因縁をつけて喧嘩をして転倒して頭を打って死ぬという残念な結末だったが、女子高生や女子中学生の姿でこの時間に渋谷辺りをうろつくよりはマシだろう。
思えば、人間として生まれた私の人生も大概ロクなものではなかったな。やはりその辺は、邪神であるが故の悪因縁の所為かも知れん。
そういうこともさて置いて、渋谷のスクランブルへと空間を超越した。影の体でもこの程度はできるのだ。
改めて千歳のアカウントを確認してみるが、まだ相手は見付かっていないようだ。本人の姿も確認した。街灯にもたれかかり、いかにも声を掛けてもらうのを待ってますという風情だった。高校生の筈だが、一見しただけではとてもそうは見えない、だらしなく伸ばされただけの長い髪、体のラインがモロに出る小さめのTシャツに煽情的なミニスカートと、実にスレた雰囲気を纏った、まさしくビッチと称されるであろう荒んだ感じの女がそこにいた。
しばらく様子を見てるだけでも声は掛けられているのだが、好みに合わないのかそれらすべてを適当にあしらって追い払っていた。
まあ、いかにも金など持ってなさそうな若くてチャラい小僧っ子共だったから、そういうのもあったのだろう。そこで私は、顔を引き締めて身なりを整え、金は持っているという雰囲気を作り自ら千歳に接触を図った。
「待ち合わせ?」
いかにも慣れた感じで当たり前のように声を掛けると、千歳は値踏みするように上から下までチェックしてそれからおもむろに、
「泊まるとこないんだ。おじさん、助けてくれる?」
と訊いてきた。
「もちろん、食事も付けるよ」
そう返すと、
「んふっ♡」
と、いかにもな媚びた笑みを受かべて私の腕に縋りついてきた。体を擦りつけるようにしてしなを作る。もう殆ど無意識のレベルでそういうことが染みついてしまっているのだろう。
私もこういう感じの女は散々見てきたが、それらと比べても勝るとも劣らん淫売ぶりだな。この歳で大したもんだ。
そんな風に妙な部分に感心しながら歩く私たちの後ろから、何者かがついてきている気配が伝わってきていた。少なくとも良い感情を抱いてる訳でないことはすぐに分かった。明らかに刺すような視線を向けてきているのが直接確認せずとも分かった。
しかもこいつら、下賤の輩に憑かれている。<強欲の樽>とも呼ばれるクエヌロネリァアとかいう奴だ。まあ、大した奴ではない。単に憑かれた人間の自制心が下がって欲望に忠実になって我慢が利かなくなる程度のゴミだ。こちらに関わってこないのなら放っておいてもよかったが、どうやらそういうわけにもいかなさそうだ。
そこで私は敢えて人気の少ない方へと歩き、そいつらを誘導した。すると案の定、人の目がなくなったと見るや、連中は私と千歳を取り囲んだ。その中のリーダー格と思しき背ばかり高くて痩せ犬のような貧相な小僧が千歳の前に立ちはだかって言った。
「何だよお前、こんなヒョロいのがいいのかよ。こんな奴、俺の蹴り一発で折れちまうぜ?」
とかホザいてるが、折れそうなのはお前の方だがな。最近ではこういうのは細マッチョとか言うのか? その言い方も既に古いのかも知れんが、そんなことはどうでもいい。
くだらんゴミのようなもんに憑かれたくらいで舐めた真似をする奴にはちょいとお灸をすえてやらねばなと思ったその時、私の正面に別の人影が現れていた。
「新伊崎千晶…」
私がそう呟くと、隣にいた千歳が、
「え…!?」
っと小さく声を上げて唖然とした表情でこちらを見た。見ず知らずのただの通りすがりの筈だった私の口から自分の妹の名が出たのだから無理もないのかも知れんがな。
もっとも、当の新伊崎千晶の方は姉と一緒にいるのが私だとは気付いていなかったようだ。黒いジャージ姿のままでこちらに近付いてくる。しかも、男を二人従えて。いや、男という表現は適切ではないか。なにしろそいつらはヴィシャネヒルだったからな。
「あ? 何だてめ…!」
リーダー格の男の後ろに控えていたのが自分の背後から歩いてきた奴に気付き振り向いたが、最後まで言葉を発することはできなかった。ヴィシャネヒルの拳の一撃で顎の骨が折れ、呻き声をあげながらその場にうずくまる。
その気配に、リーダー格の男を含め、その場にいた人間全員に緊張が走るのが見えた。新伊崎千晶を除いてだが。私はそもそも人間ではないからもちろん当てはまらない。
「っだ、てめぇ!!」
実に分かりやすいチンピラ風に声を上げた男達を二匹のヴィシャネヒルが容赦無くぶちのめしていく。それは、ケンカですらなかった。一方的な蹂躙だった。大きな口を叩いていたリーダー格の男も、腹に拳を受けただけで心ごとポッキリと折られて地面をのたうっていた。
あとに残されたのは、青褪めた顔で呆然と立ちすくむ千歳と、千歳の傍らに佇む私と、二匹のヴィシャネヒルと、その背後から私を睨み付けている新伊崎千晶だけだった。
「…」
もう言葉すら発することなく、新伊崎千晶が顎で指図するだけで、ヴィシャネヒル共は私目掛けて奔ったのであった。
とは言え、それまでは使わんようにしてたのだから、今回使ったのは私が原因か。
まあいい。それよりも、人間の情とやらは実に不可解だ。別に仲が良かったわけでもないどころか、その姉からも実際に殴る蹴るの暴行を受けていた筈だというのに、姉のことが気になるか。
もしかすると、魔法学校での記憶が戻ったことも関係してるのかも知れんがな。かつての友達を守ってやれんかったという過去をそれで何とか穴埋めしようとかいうあれかも知れんし。
そんな自己満足など実にくだらぬ。が、私も自己満足の為にしか行動せんのだから、その辺りはやはり似ていると言えるか。
しかし、さすがに魔法の力を取り戻しただけあって、気配を隠すことも上達したじゃないか。これだけ強い因縁があるというのに見付けられん。さて、どうしたものか。
となれば、これはむしろ千歳を探す方が早いというものだろう。どうせあいつも千歳を探してるのだ。そんな訳で、私も千歳を探すことにした。なに、大した因縁はまだないが、探すだけならそれほど難しくもない。バカみたいに足跡を残しているからな。インターネット上に。
『石脇佑香、千歳は今、何をしている?』
私自身もネットワークに侵入して、石脇佑香とコンタクトを取る。自分で探してもいいが、ネットワーク内のことは石脇佑香の方が今では慣れているからな。奴に聞くのが手っ取り早い。
『は~い、現在、渋谷のスクランブル交差点周辺で神待ちしてるようで~す』
と、千歳のアカウントを私に見せてきた。なるほど、写真付きでサイトに今夜泊めてくれる相手を募集するメッセージを上げてたか。新伊崎千晶はこのメッセージには気付いていないようだ。
さすがにネット上で対象を追跡するということにおいては石脇佑香の方が一歩も二歩も先を行っている。
では、行くとするか。
とその前に。今のこの恰好では面倒臭いのに絡まれて邪魔だな。実際、今もバカ者が二匹、しつこく私に話し掛けてきている。
「去ね…!」
再び軽く狂悦の笑みをくれてやって黙らせた。
その上で過去の私の影を作り、そちらに意識を乗せて本体は家に戻り山下沙奈が寝ているベッドで横になった。
それは、いかにもうだつの上がらない頼りない中年サラリーマンだった。月城こよみとして生まれてくる二代前の私自身を基にした影だ。
ちなみに直前の前世は一人でプロレスごっこをしていて謝って首の骨を折って死ぬという何ともな末路を迎えた女子高生だな。
この中年サラリーマンな私も、酔っぱらいに因縁をつけて喧嘩をして転倒して頭を打って死ぬという残念な結末だったが、女子高生や女子中学生の姿でこの時間に渋谷辺りをうろつくよりはマシだろう。
思えば、人間として生まれた私の人生も大概ロクなものではなかったな。やはりその辺は、邪神であるが故の悪因縁の所為かも知れん。
そういうこともさて置いて、渋谷のスクランブルへと空間を超越した。影の体でもこの程度はできるのだ。
改めて千歳のアカウントを確認してみるが、まだ相手は見付かっていないようだ。本人の姿も確認した。街灯にもたれかかり、いかにも声を掛けてもらうのを待ってますという風情だった。高校生の筈だが、一見しただけではとてもそうは見えない、だらしなく伸ばされただけの長い髪、体のラインがモロに出る小さめのTシャツに煽情的なミニスカートと、実にスレた雰囲気を纏った、まさしくビッチと称されるであろう荒んだ感じの女がそこにいた。
しばらく様子を見てるだけでも声は掛けられているのだが、好みに合わないのかそれらすべてを適当にあしらって追い払っていた。
まあ、いかにも金など持ってなさそうな若くてチャラい小僧っ子共だったから、そういうのもあったのだろう。そこで私は、顔を引き締めて身なりを整え、金は持っているという雰囲気を作り自ら千歳に接触を図った。
「待ち合わせ?」
いかにも慣れた感じで当たり前のように声を掛けると、千歳は値踏みするように上から下までチェックしてそれからおもむろに、
「泊まるとこないんだ。おじさん、助けてくれる?」
と訊いてきた。
「もちろん、食事も付けるよ」
そう返すと、
「んふっ♡」
と、いかにもな媚びた笑みを受かべて私の腕に縋りついてきた。体を擦りつけるようにしてしなを作る。もう殆ど無意識のレベルでそういうことが染みついてしまっているのだろう。
私もこういう感じの女は散々見てきたが、それらと比べても勝るとも劣らん淫売ぶりだな。この歳で大したもんだ。
そんな風に妙な部分に感心しながら歩く私たちの後ろから、何者かがついてきている気配が伝わってきていた。少なくとも良い感情を抱いてる訳でないことはすぐに分かった。明らかに刺すような視線を向けてきているのが直接確認せずとも分かった。
しかもこいつら、下賤の輩に憑かれている。<強欲の樽>とも呼ばれるクエヌロネリァアとかいう奴だ。まあ、大した奴ではない。単に憑かれた人間の自制心が下がって欲望に忠実になって我慢が利かなくなる程度のゴミだ。こちらに関わってこないのなら放っておいてもよかったが、どうやらそういうわけにもいかなさそうだ。
そこで私は敢えて人気の少ない方へと歩き、そいつらを誘導した。すると案の定、人の目がなくなったと見るや、連中は私と千歳を取り囲んだ。その中のリーダー格と思しき背ばかり高くて痩せ犬のような貧相な小僧が千歳の前に立ちはだかって言った。
「何だよお前、こんなヒョロいのがいいのかよ。こんな奴、俺の蹴り一発で折れちまうぜ?」
とかホザいてるが、折れそうなのはお前の方だがな。最近ではこういうのは細マッチョとか言うのか? その言い方も既に古いのかも知れんが、そんなことはどうでもいい。
くだらんゴミのようなもんに憑かれたくらいで舐めた真似をする奴にはちょいとお灸をすえてやらねばなと思ったその時、私の正面に別の人影が現れていた。
「新伊崎千晶…」
私がそう呟くと、隣にいた千歳が、
「え…!?」
っと小さく声を上げて唖然とした表情でこちらを見た。見ず知らずのただの通りすがりの筈だった私の口から自分の妹の名が出たのだから無理もないのかも知れんがな。
もっとも、当の新伊崎千晶の方は姉と一緒にいるのが私だとは気付いていなかったようだ。黒いジャージ姿のままでこちらに近付いてくる。しかも、男を二人従えて。いや、男という表現は適切ではないか。なにしろそいつらはヴィシャネヒルだったからな。
「あ? 何だてめ…!」
リーダー格の男の後ろに控えていたのが自分の背後から歩いてきた奴に気付き振り向いたが、最後まで言葉を発することはできなかった。ヴィシャネヒルの拳の一撃で顎の骨が折れ、呻き声をあげながらその場にうずくまる。
その気配に、リーダー格の男を含め、その場にいた人間全員に緊張が走るのが見えた。新伊崎千晶を除いてだが。私はそもそも人間ではないからもちろん当てはまらない。
「っだ、てめぇ!!」
実に分かりやすいチンピラ風に声を上げた男達を二匹のヴィシャネヒルが容赦無くぶちのめしていく。それは、ケンカですらなかった。一方的な蹂躙だった。大きな口を叩いていたリーダー格の男も、腹に拳を受けただけで心ごとポッキリと折られて地面をのたうっていた。
あとに残されたのは、青褪めた顔で呆然と立ちすくむ千歳と、千歳の傍らに佇む私と、二匹のヴィシャネヒルと、その背後から私を睨み付けている新伊崎千晶だけだった。
「…」
もう言葉すら発することなく、新伊崎千晶が顎で指図するだけで、ヴィシャネヒル共は私目掛けて奔ったのであった。
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