JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

帰還

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赤島出姫織あかしまできおりは無茶苦茶ではあったが、力は確かに強力だった。私が空間を閉じておかなければ恐らく周囲百キロは巻き込んで消し飛ばしかねない程のものであっただろう。

<魔女>ケェシェレヌルゥアの老獪さも、単純に巨大すぎる力の前では小細工に過ぎなかった。

それを観戦しながら、私は、新伊崎千晶にいざきちあきに話しかけていた。

「で、どうだ? 記憶は戻ったか?」

その私に対し、新伊崎千晶は目を伏せていた。思い出したくもないことを思い出してしまったからだ。

「何でこんなこと思い出させるんだよ……こんなの、忘れてられたら忘れてたかったよ!」

目を伏せたまま吐き捨てるこいつに、私は言ってやった。

「封印を解いたのは赤島出姫織だ。厳密に言えばケェシェレヌルゥアに操られた赤島出姫織だがな。しかしどちらにせよ私ではない」

こいつは、ドラゴンの真の名を読み解くことができた。

それは、ケェシェレヌルゥアが人間を作った際にドラゴンを使役する能力を磨かせる為に仕掛けたものだった。かつ、その能力は人間同士が掛け合わされ代を重ねることで練り上げられ不随意で発現するものであり、しかもそれによって読み解かれたドラゴンの真の名は読み解いた人間だけにしか理解できず、故に他人に伝えることができないものであった。それこそがドラゴン使いとしての能力そのものであり、ドラゴン使いの能力を封じることと記憶を封じることはほぼイコールだったのである。何しろ、こいつが魔法学校に来るとこの星で使役されている全てのドラゴンの真の名が勝手に頭に浮かんできてしまうのだから。

そのことを、こいつの封印が解かれた時に魔力と共に溢れ流れ込んできた記憶で私は知ったのだ。いや、私も思い出したと言うべきか。ドラゴン使いとはそういうものだったということを忘れていたのだ。地球では必要のない知識だったからな。

だが、新伊崎千晶が思い出したくなかったと言っているのはそのことではない。この学校で親しくなった者達の殆どはもう生きてはいないという事実を知りたくなかったのだろう。蟲毒の行ヌェネルガにより、多くが死んだ。プリムラやレイレーネはその数少ない生き残りということだ。ここでのことを忘れ普通の中学生として生きていたこいつには少々荷が重かったか。

広田だけでなく、今川ですら同情の目を向ける程度にはな。

その時。

「があぁあぁぁあああぁあぁぁぁーっっ!!」

己の根源の奥底から絞り出すような咆哮をあげつつ、赤島出姫織は渾身の一撃を放った。それがついにケェシェレヌルゥアを捉え、魔女の姿は跡形もなく消え去った。赤島出姫織が勝ったのだ。

だが……

だが、その場に膝をつき息を切らす赤島出姫織に、勝利の喜びはなかった。自分の家族と人生を滅茶苦茶にした魔法学校に復讐したという達成感もなかった。まあ当然だろう。こんなことをしたところで、蟲毒の行ヌェネルガにより死んだ人間は一人として帰っては来ないのだからな。

「ちくしょう…ちくしょう……!」

自分の膝に爪を立てて体を震わせながら赤島出姫織は苦しみを吐き出した。それは、慟哭だった。高揚感など何一つない。あるのはただ虚しさだけだった。

今川も広田も新伊崎千晶も、それを見守るしかできずにいたのだった。

しかし、そんな私達に、「あの…」と声を掛ける者がいた。その声に振り返ると、紺のローブを纏った中年の男が立っていた。魔法学校の教師ではなさそうだ。私はその男の風体に、ピンと来ていた。

「ありがとうございます。どこのどなたかは存じませんが、邪悪な魔女を倒していただきまして、心より感謝します」

やはり、な。この星にもいたか。今の状況に反発を覚え抵抗しようとしてる者が。そういう奴らがこの戦いを嗅ぎつけてやってきたのだ。見ればぞろぞろと集まってきている。まったく。こそこそと隠れて様子を窺っていて、事が終わったと見るや湧いて出てきおって。

そいつらは、魔女を倒した赤島出姫織と私達に対して次々と感謝の言葉を投げかけ、賞賛した。広田はまんざらでもない様子だったが、他の三人には笑顔などなかった。

歓迎の宴を開きたいという言葉にも、心が動くことはなかった。私が代わりに説明した。

「この者達は疲れ切っており、早く自身の世界に戻って休みたいと思っている」

と。故に、

「今すぐ通路を開いて帰してやることこそが労いになる」

のだと。

連中は残念そうだったが、

「私達の世界を救った英雄がそれを望むなら…」

と祭壇へと赴き、通路を再び開いたのだった。もちろん、先程まで繋がっていた座標を調べそこに繋げてもらった。あのクローゼットにな。

だがその裏で何が行われているのか、私は気付いていた。通路に倒れていた少女達が、次々と殺されていったのである。まあ、無理もないが。何しろ、その少女達は皆、蟲毒の行ヌェネルガを終えた者達だ。つまり百人単位の人間を殺し生き延びた者達である。こいつらの中には、それによって殺された者の身内も多かったのだろう。そういう奴らからすればあの少女達は身内の敵でもある訳だ。

プリムラもレイネーネも殺された。赤島出姫織らには届かなくとも、私の耳にはその断末魔の叫びが届いていた。今川が身を挺して庇い、こちらの建物に避難させた少女も殺された。怪物共の餌にされるか、こうやって復讐の的にされるか、いずれにせよ末路はこんなものだというのは私には分かっていた。

だがその時、ガーンという衝撃が私達のいる建物を叩き、壁も天井も一瞬で崩壊した。祭壇は辛うじて無事だったが、その場にいた多くの者が瓦礫の下敷きとなった。

「な、なんだ!?」

今川が体を起こし周囲を見回す。私が与えた強化服の防御により、四人は無事だった。

が、崩れ去った建物から見上げた空にいたのは、一面を覆いつくすドラゴンの群れだった。

「な…あ……!?」

それを見た誰もが言葉を失う。私以外はな。

人間達を見下ろすその姿からは、まぎれもない敵意が溢れ出していた。新伊崎千晶が手懐けた筈のドラゴンの姿もそこにはあった。

『さらに上位のドラゴン使いがいたか……』

そう。新伊崎千晶よりも強い力の支配を受けているのだ。

私は叫ぶ。

「行け! 早く!」

その声に従い、今川が、

「早く行って! 急ぐんだ!」

と、赤島出姫織と新伊崎千晶を通路へと逃がした。その上で、

「おい、お前も早く!」

今川が私を呼ぶ。だが私は動かない。今、私がここを動けば、ドラゴン共は一瞬で群がりその通路を使って地球に押し寄せるだろう。

「その通路をこちらから破壊せねば、ドラゴン共が地球に押し寄せる」

「……!!」

私の言葉に、今川が息を呑む。私は言った。

「気にするな。先に行け。これは私が招いたことだ。心配せずともお前達人間と違って私は自分の尻くらい拭ける。それに私なら自力で戻れる。何も問題はない」

「しかし…!」と言いかけて、今川はその先の言葉を噛み殺した。

そうだ。それでいい。私は人間ではない。お前が私を守る理由はないのだ。

「死ぬなよ…」

そう言い残し、広田と共に今川も通路の中へと消えた。

「死ぬな、か。くくく。さすがは人間、浅いな」

呟きながら私が手を振ると、通路は粉々に砕けて機能を失った。これでもうこの通路は使えん。

見上げれば、空を覆いつくすドラゴンが一匹残らず私を睨んでいた。視線だけで私を射殺そうとでもするかのように。だが、その奥にいるものを私は知っている。

「まあ、あの程度ではお前は死なんよな、ケェシェレヌルゥア?」

私が問い掛けると、ドラゴン共が一斉にニヤァと笑った。本来なら笑いを浮かべることなどその身体構造上できない筈のドラゴン共が笑った。

「さあて、これからが本番だ。楽しませてくれよ」

私の顔にも、狂悦の笑みが張り付いていたのだった。

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