JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

玖島楓恋の受難

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「ごめんなさい、弟が熱を出したらしくて迎えに行かないといけないから今日は帰ります」

放課後、玖島楓恋くじまかれんが部室に顔を出してそれだけを言って帰ってしまった。そう言えばあいつは保育園に通う幼い弟の外に近所の子供らを集めて面倒を見てるんだったな。必ずしも成績は良いとは言えないし片付けとかも得意とは言えないが、母性とやらは無駄に溢れてる奴だ。あいつの胸と同じでな。

しかし、お目当ての女二人のうちの一人が帰ってしまったことで、貴志騨一成きしだかずしげは目に見えてテンションが下がっていた。こいつは元々テンションが高い奴ではないが、それがますます下がっていて見るに堪えん。

「…すいません…僕もちょっと体調が悪いから帰ります…」

しばらく部室にいた貴志騨一成だったが、そう言って帰ってしまった。だが、少々様子がおかしいな。私はそう思って、意識を繋げてやった。

『おい、貴志騨一成』

学校を出たところで不意に声を掛けてやる。身長百五十センチ程度で体重は優に八十キロを超えるお世辞にも美しいとは言えない体がビクンと跳ねる。明らかに怯えてるのが分かるが、別にとって食うつもりはない。少なくとも今はな。

『貴様、体調が悪いとか嘘だろう? 何を企んでる?』

回りくどいことを言っても意味ないからな。単刀直入に問う。

『お前には…関係ない。僕の勝手だ…』

ほほう? 言うじゃないか。別にいいんだぞ? このまま貴様の頭の中を覗いてやっても。と思ったが、こいつの頭の中など覗いてもつまらんか。それに目的は分かってる。

『玖島楓恋の様子が気になるか?』

こいつ、コボリヌォフネリに憑かれて代田真登美しろたまとみを食い殺して以来、何か吹っ切れたみたいに妙に能動的になったな。まあ、代田真登美を食い殺したからというよりは、列車に轢かれてバラバラの肉片に変わり果てる瞬間を経験して生まれ変わったとでも言うべきか。

『うるさい!』

小心者のクセに反抗的だな。まあいい。このまま勝手に付き合わせてもらおう。

そうして様子を見ていると、やはり玖島楓恋の家の近くに来た。だが、それが見える場所ながらあちらからは分かりにくそうな場所に陣取り、近付こうとはせん。

そこに、ちょうど弟を迎えに行って帰ってきたところなのだろう。自転車のチャイルドシートに、額に冷却シートを貼った幼児を乗せた玖島楓恋が到着する様子が貴志騨一成の目を通して見えた。だがこの時、貴志騨一成は意外な程に落ち着いていた。こんな風にこそこそ隠れて覗き見しているくらいだから興奮でもするかと思ったが、存外そうでもないんだな。

それどころか、ホッと安心した感覚が伝わって来る。ふむ。これはどうしたことだ?

だがその時、家に入ろうとした玖島楓恋の背後から一人の男が近付いてきた。年齢としては四十前後くらいの学も品もない顔をした薄汚い男だった。しかし私はその顔に見覚えがあった。こいつ、今川いまかわ広田ひろたが立ち回り先を張り込んでいた、強盗と強姦で指名手配されてる男じゃないか。これはマズいことになった気がするぞ。

と思う暇もなく、家に入ろうとした玖島楓恋を突き飛ばすようにして一緒に家に入ってしまった。

『おっと、やはり事件だな。だがまあ、あの男はただの人間だったからな。人間同士のことだ。私には関係ない』

が、貴志騨一成には大いに関係あったようだった。

「くそっ! やっぱりか!!」

そう叫びながら貴志騨一成は走り出した。決して走るのは得意ではない筈だが、必死に走った。すると貴志騨一成の体が変化していく。中学校のブレザーを身に着けたままコボリヌォフネリのそれに。玖島楓恋の家の玄関ドアに手を掛けると、鍵がかかっていたそれを強引にこじ開け中へと入った。するとそこにいたのは、幼児の首に手を掛けて座る例の男と、その前で涙を流しながら制服の前をはだけて例の驚異の胸囲を辛うじて包み込んでいる下着を晒した玖島楓恋の姿だった。

その瞬間、貴志騨一成の中で何かがバツンッと音を立てて弾ける気配がした。醜い豚を思わせるその体で男の顔に拳を叩き付けていた。ガキャッっと男の頬骨と顎の骨が砕ける感触が伝わって来る。その時点で男の意識は途切れていたが、貴志騨一成、いやコボリヌォフネリは止まらなかった。男の頭を掴み引き寄せると、ぐわっと口を大きく開けた。

『止めろ! 惚れた女に人間が食われる様を見せる気か!!』

私が一喝すると、貴志騨一成の動きが止まった。ぎょろりと視線を移すとそこには、小便を漏らした幼子を抱き締めながら恐怖を張り付かせた顔でこちらを見る玖島楓恋がいた。その怯えた目に、人間としての意識が急激に呼び覚まされるのが分かった。しかも体もみるみる人間のそれへと戻り始める。

「!?」

それに気付き、貴志騨一成は慌てて男を投げ捨て玄関を飛び出し走った。玖島楓恋は思わずそれを追って玄関を出た。そして走り去っていくその背中を目で追っていたのだった。

それが見えなくなってからようやくハッとなって警察に電話をした。その後は当然、パトカーが何台も押しかけて結構な騒ぎになった。貴志騨一成はまた、離れたところからそれを見ていた。

『お前、奴が玖島楓恋に目をつけているのに気付いていたのか』

「……」

問い掛ける私に、貴志騨一成は黙って頷いた。なるほど、こうやって眺めてたら、自分と同じように玖島楓恋を見ている奴に気付いたということか。しかも、そいつが指名手配犯だと気付いて通報したのも貴志騨一成だった。その為、そいつがこの近くにいるらしいとの情報を得た今川と広田が立ち回り先と推測されるところの張り込みをしていたということだ。パトカーも巡回していたのだが、その隙を狙われたということだな。

『ふむふむ、つまり惚れた女を陰ながら守るナイトになりたかったという訳か』

とは言え、お前がやっていたこともほぼストーカーだがな。が、今回はそのおかげで玖島楓恋は守られたということだから、その辺は大目に見てやるべきかも知れん。

だが、玖島楓恋を守りたいと思っている人間は貴志騨一成だけではなかった。普段、玖島楓恋に子供の面倒を見てもらっている近所の人間が集まって心配してくれてるようだった。しかも中には工務店を営んでいる者もいて、壊れたドアをその日のうちに直してくれたりしていた。玖島楓恋は胸ばかり大きい非力なただの人間だが、こうやって周囲の人間との関係を強く保っていざという時に助けられる状態を作っているのだというのが分かった。貴志騨一成もその一人ということだ。

しかしさっきのお前はなかなかに格好良かったぞ。古塩貴生ふるしおきせい辺りはお前の爪の垢でも煎じて飲むべきかも知れんな。

それはさて置き玖島楓恋は、自分達を助けてくれたのが明らかに人間ではないことに気付いていた。その為、警察の事情聴取には、

「怖くて目を瞑っていたから何が起こったのかよく分かりません…」

とだけ応えていた。

だが翌日、貴志騨一成の教室に現れた玖島楓恋は、その姿を見るなり抱き付いて、

「ありがとう、ありがとう!」

と何度も繰り返した。何が起こっているのかよく分からず呆然とするクラスの連中の視線の中で、貴志騨一成は玖島楓恋の胸に圧迫されて、

「ふがっ! ふががっ!」

と、呼吸さえままならなくなっていた。

『ありがとう、貴志騨くん…♡』

走り去る怪物が人間の姿に戻っていくのを見て、玖島楓恋はその正体に気付いてしまったようだった。とは言え、それを誰かに喧伝する訳でもないから、取り敢えずはそのままでもいいだろう。

まあなんにせよ、想いが報われてよかったな。貴志騨一成。

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