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日守こよみの章
燃える修羅場
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「はあ? 何言ってんの。私もう古塩君とは何でもないから」
黄三縞亜蓮が面倒臭そうにそう応じると、碧空寺由紀嘉はさらに感情的になった。
「誤魔化しても無駄よ! 古塩君、あんたに付きまとわれて困ってるって言ってたから!」
これにはさすがに黄三縞亜蓮もカチンと来たようだ。声のトーンが一段上がる。
「つきまとってんのは古塩君の方でしょ!? 困ってんのはこっちだよ!」
「でた! フラレ女の捏造! 私は古塩君本人から聞いたんだから!」
「バッカじゃないの!? あんな嘘吐きナルシーの言うこと信じるとか、さすが親のすねかじってるだけのお嬢様の頭の中はお花しか詰まってないんだね!」
「それはあんたでしょ!!」
「残念でした~。私はもうウチの能無し猿を養ってやってるんだもんね~」
「何その妄想!? 古塩君がキモがってるわけだわ!」
…どっちもどっちだな。やれやれ。呆れて『もういい、消せ』と私が言いかけた時、別の声が聞こえてきた。
「おい、亜蓮! お前、俺から肥土に乗り換えたってのかよ!?」
古塩貴生の声だった。肥土透がいなくなったところを見計らって接触してきたってことか? どこまで小物なんだこいつは。
「古塩君には関係ないでしょ!? もう私に構わないで! 私、あなたのことなんて何とも思ってないから!」
「何言ってんだお前!? お前が俺なしでいられる訳ないだろ!?」
「キモッ! 何それ!? 何様のつもり! あなたのことをちょっとでもカッコいいとか思ったのがただの気の迷いだってすっごく分かっちゃった。さようなら!」
「おい待てよ、亜蓮!」
何という醜態。不様過ぎて笑う気にもなれんな。だがそこに、呟くように声を漏らした者がいた。
「古塩君、どうして…?」
碧空寺由紀嘉だった。その声には、明らかな戸惑いがあった。自分は確かに、黄三縞亜蓮がつきまとってきて困っていると聞いた。しかし今、こうしている古塩貴生の様子は自分が聞いていたものとは違っている。それが理解できなくて混乱しているのだろう。
「古塩君、古塩君が言ってたんだよね? 亜蓮に付きまとわれて困ってるって」
震える声で問い掛ける碧空寺由紀嘉に、古塩貴生は露骨に怪訝そうな表情を向けた。
「は? 俺がいつそんなこと言ったよ。ってーかてめぇ誰だ? あ、碧空寺か。信号機トリオの。お前にゃ関係ないんだよどっか行ってろ!」
もう無茶苦茶だな。碧空寺由紀嘉め、自分が相手をしてたのが成り済ましだったとまだ気付かんのか。愚かな奴。
「いや~、盛り上がってきましたねえ。修羅場万歳!」
石脇佑香が楽し気にそう言ってたが、私は今、こういうのにはあまり興味が無いんだがと思ったその瞬間、
「―――――っ!?」
私の中に何かが突き刺さってくるのを感じた。力だ。凄まじい熱を持った力だ。これは、カハ=レルゼルブゥアか!?
『こりゃマズい……!』
と、私は空間を超越した。そこは、黄三縞亜蓮の自宅の門の前だった。その場に現れた瞬間、私は半径約十メートルの範囲で空間を閉じた。これでもう人間にはこの場で何が起こっていても認識できん。しかしそれにしても、あれだけ騒いでいたというのに誰も見とらんとは、人間の事なかれ主義もここに極まれりだな。黄三縞亜蓮の家の人間すら外の様子を窺おうともしとらんとは、むしろ感心する。
そんなことを考えていた私の前では、黄三縞亜蓮の右手に首を掴まれて吊り上げられている古塩貴生の姿があった。分かってはいたが、手遅れだった。ビクンビクンと痙攣をおこし、ズボンが濡れて変色していた。小便を漏らしたのだろう。
「黄三縞さん!?」
その声に振り向くと、月城こよみがいた。お前もさすがに気配を感じたか。空間を超えられる私と違って走ってきたようだが。基本的にはこいつの力は私と同質のものだから、私が閉じた空間にも簡単に入ってこられる。
しかし、そんな月城こよみが案じていた黄三縞亜蓮は、既に完全に自我を失っていた。いや、カハ=レルゼルブゥアに支配されていると言うべきだな。ついさっきまで古塩貴生だったものをまるでゴミでも放るように打ち捨て、それからゆっくりと碧空寺由紀嘉を見た。燃えるような赤い目で。
「ひっ…!」
碧空寺由紀嘉が息を詰まらせるように小さく悲鳴を漏らした。目の前の信じられない光景に、顔は青褪めるどころかもはや蝋のように白い。
「ダメ! 黄三縞さん! ダメだよ!!」
腰を抜かしその場に座り込んだ碧空寺由紀嘉を庇おうとして、月城こよみが立ちはだかる。だが、黄三縞亜蓮に呼び掛けても無駄だ。そいつは今、カハ=レルゼルブゥアなのだからな。
その瞬間、碧空寺由紀嘉が凄まじい炎に包まれた。
『…まあ、こうなるよな』
と私は思った。立ちはだかったところで無駄なのだ。
「ああ…」
と声を漏らす月城こよみの目の前で、断末魔さえ上げることもできずに碧空寺由紀嘉の体は消し炭と化し、倒れ伏す。
すると、黄三縞亜蓮の中に膨れ上がっていた力が、突然、シャボン玉が弾けるように消え失せた。目的を果たしたことで満足したのだろう。また眠りについてしまったようだった。
意識を失った黄三縞亜蓮は取り敢えずその場に寝かせておいて、私と月城こよみはそれぞれ、古塩貴生と碧空寺由紀嘉を巻き戻した。そうするしかないからな。
私は言う。
「これが、邪神に憑かれた胎児を育てるということだ。こういうことがこれからも何度も起るぞ。お前らは覚悟しているのだな?」
その私の問いに、月城こよみは、
「もちろん…」
と頷いた。
「何度だって私が巻き戻してあげるよ。何度だって。私にはそれができるから」
ふん。言うじゃないか。なら、そうしてもらおう。
睨み合う私達の傍らで、意識を取り戻した古塩貴生と碧空寺由紀嘉が、恐怖を張り付かせた表情で周囲を見回した。記憶までは巻き戻さなかったからな。例え夢や幻だと解釈しても、その苦しさや痛みの記憶は本物だ。
「ん…んん……え? 私、なんで…?」
状況を理解しとらん黄三縞亜蓮が呆然と周りを見回すと、古塩貴生も碧空寺由紀嘉もバタバタとその場を逃げ去った。これで懲りてくれればいいんだがな。
「大丈夫? 黄三縞さん」
月城こよみに抱き起されても事情が呑み込めていない黄三縞亜蓮に対して、月城こよみが大まかな説明をしていた。と言っても、カハ=レルゼルブゥアに支配されていたということしか説明できなかったが。あの二人が何故ここに現れたのかということについては、月城こよみは知らんからな。
「そうだったんだ…」
自分の腹を押さえながら黄三縞亜蓮が呟く。しかしその目は、邪悪で恐ろしい存在を見るものではなく、あくまで自分の子を愛しげに見詰める母親のそれでしかなかった。
とにかく、黄三縞亜蓮とカハ=レルゼルブゥアについては、今後もう月城こよみに任せるということでいいだろう。あっちの二人のことは、また今後の出方次第だな。
「後は勝手にしろ……」
そう言い残し家に戻ると、「おかえりなさい」と山下沙奈が迎えてくれた。私が出て行ったことに気付いて待っていたらしい。ホッとしたような顔をしていた。そんな山下沙奈の頭を撫で、
「さて、私も風呂に入って宿題でもするか」
と声に出した。今日のところはこれで終わりだ。新伊崎千晶のことは石脇佑香が勝手に監視を続けるだろう。また菱川和の時のようなことをやらかす可能性もあるが、別に構わん。好きにしろ。
髪をほどき服を脱ぎ捨て、私は風呂場へと入った。風呂に入ってさっぱりして、くだらんことは湯と一緒に流してしまいたいと思ったのだった。
黄三縞亜蓮が面倒臭そうにそう応じると、碧空寺由紀嘉はさらに感情的になった。
「誤魔化しても無駄よ! 古塩君、あんたに付きまとわれて困ってるって言ってたから!」
これにはさすがに黄三縞亜蓮もカチンと来たようだ。声のトーンが一段上がる。
「つきまとってんのは古塩君の方でしょ!? 困ってんのはこっちだよ!」
「でた! フラレ女の捏造! 私は古塩君本人から聞いたんだから!」
「バッカじゃないの!? あんな嘘吐きナルシーの言うこと信じるとか、さすが親のすねかじってるだけのお嬢様の頭の中はお花しか詰まってないんだね!」
「それはあんたでしょ!!」
「残念でした~。私はもうウチの能無し猿を養ってやってるんだもんね~」
「何その妄想!? 古塩君がキモがってるわけだわ!」
…どっちもどっちだな。やれやれ。呆れて『もういい、消せ』と私が言いかけた時、別の声が聞こえてきた。
「おい、亜蓮! お前、俺から肥土に乗り換えたってのかよ!?」
古塩貴生の声だった。肥土透がいなくなったところを見計らって接触してきたってことか? どこまで小物なんだこいつは。
「古塩君には関係ないでしょ!? もう私に構わないで! 私、あなたのことなんて何とも思ってないから!」
「何言ってんだお前!? お前が俺なしでいられる訳ないだろ!?」
「キモッ! 何それ!? 何様のつもり! あなたのことをちょっとでもカッコいいとか思ったのがただの気の迷いだってすっごく分かっちゃった。さようなら!」
「おい待てよ、亜蓮!」
何という醜態。不様過ぎて笑う気にもなれんな。だがそこに、呟くように声を漏らした者がいた。
「古塩君、どうして…?」
碧空寺由紀嘉だった。その声には、明らかな戸惑いがあった。自分は確かに、黄三縞亜蓮がつきまとってきて困っていると聞いた。しかし今、こうしている古塩貴生の様子は自分が聞いていたものとは違っている。それが理解できなくて混乱しているのだろう。
「古塩君、古塩君が言ってたんだよね? 亜蓮に付きまとわれて困ってるって」
震える声で問い掛ける碧空寺由紀嘉に、古塩貴生は露骨に怪訝そうな表情を向けた。
「は? 俺がいつそんなこと言ったよ。ってーかてめぇ誰だ? あ、碧空寺か。信号機トリオの。お前にゃ関係ないんだよどっか行ってろ!」
もう無茶苦茶だな。碧空寺由紀嘉め、自分が相手をしてたのが成り済ましだったとまだ気付かんのか。愚かな奴。
「いや~、盛り上がってきましたねえ。修羅場万歳!」
石脇佑香が楽し気にそう言ってたが、私は今、こういうのにはあまり興味が無いんだがと思ったその瞬間、
「―――――っ!?」
私の中に何かが突き刺さってくるのを感じた。力だ。凄まじい熱を持った力だ。これは、カハ=レルゼルブゥアか!?
『こりゃマズい……!』
と、私は空間を超越した。そこは、黄三縞亜蓮の自宅の門の前だった。その場に現れた瞬間、私は半径約十メートルの範囲で空間を閉じた。これでもう人間にはこの場で何が起こっていても認識できん。しかしそれにしても、あれだけ騒いでいたというのに誰も見とらんとは、人間の事なかれ主義もここに極まれりだな。黄三縞亜蓮の家の人間すら外の様子を窺おうともしとらんとは、むしろ感心する。
そんなことを考えていた私の前では、黄三縞亜蓮の右手に首を掴まれて吊り上げられている古塩貴生の姿があった。分かってはいたが、手遅れだった。ビクンビクンと痙攣をおこし、ズボンが濡れて変色していた。小便を漏らしたのだろう。
「黄三縞さん!?」
その声に振り向くと、月城こよみがいた。お前もさすがに気配を感じたか。空間を超えられる私と違って走ってきたようだが。基本的にはこいつの力は私と同質のものだから、私が閉じた空間にも簡単に入ってこられる。
しかし、そんな月城こよみが案じていた黄三縞亜蓮は、既に完全に自我を失っていた。いや、カハ=レルゼルブゥアに支配されていると言うべきだな。ついさっきまで古塩貴生だったものをまるでゴミでも放るように打ち捨て、それからゆっくりと碧空寺由紀嘉を見た。燃えるような赤い目で。
「ひっ…!」
碧空寺由紀嘉が息を詰まらせるように小さく悲鳴を漏らした。目の前の信じられない光景に、顔は青褪めるどころかもはや蝋のように白い。
「ダメ! 黄三縞さん! ダメだよ!!」
腰を抜かしその場に座り込んだ碧空寺由紀嘉を庇おうとして、月城こよみが立ちはだかる。だが、黄三縞亜蓮に呼び掛けても無駄だ。そいつは今、カハ=レルゼルブゥアなのだからな。
その瞬間、碧空寺由紀嘉が凄まじい炎に包まれた。
『…まあ、こうなるよな』
と私は思った。立ちはだかったところで無駄なのだ。
「ああ…」
と声を漏らす月城こよみの目の前で、断末魔さえ上げることもできずに碧空寺由紀嘉の体は消し炭と化し、倒れ伏す。
すると、黄三縞亜蓮の中に膨れ上がっていた力が、突然、シャボン玉が弾けるように消え失せた。目的を果たしたことで満足したのだろう。また眠りについてしまったようだった。
意識を失った黄三縞亜蓮は取り敢えずその場に寝かせておいて、私と月城こよみはそれぞれ、古塩貴生と碧空寺由紀嘉を巻き戻した。そうするしかないからな。
私は言う。
「これが、邪神に憑かれた胎児を育てるということだ。こういうことがこれからも何度も起るぞ。お前らは覚悟しているのだな?」
その私の問いに、月城こよみは、
「もちろん…」
と頷いた。
「何度だって私が巻き戻してあげるよ。何度だって。私にはそれができるから」
ふん。言うじゃないか。なら、そうしてもらおう。
睨み合う私達の傍らで、意識を取り戻した古塩貴生と碧空寺由紀嘉が、恐怖を張り付かせた表情で周囲を見回した。記憶までは巻き戻さなかったからな。例え夢や幻だと解釈しても、その苦しさや痛みの記憶は本物だ。
「ん…んん……え? 私、なんで…?」
状況を理解しとらん黄三縞亜蓮が呆然と周りを見回すと、古塩貴生も碧空寺由紀嘉もバタバタとその場を逃げ去った。これで懲りてくれればいいんだがな。
「大丈夫? 黄三縞さん」
月城こよみに抱き起されても事情が呑み込めていない黄三縞亜蓮に対して、月城こよみが大まかな説明をしていた。と言っても、カハ=レルゼルブゥアに支配されていたということしか説明できなかったが。あの二人が何故ここに現れたのかということについては、月城こよみは知らんからな。
「そうだったんだ…」
自分の腹を押さえながら黄三縞亜蓮が呟く。しかしその目は、邪悪で恐ろしい存在を見るものではなく、あくまで自分の子を愛しげに見詰める母親のそれでしかなかった。
とにかく、黄三縞亜蓮とカハ=レルゼルブゥアについては、今後もう月城こよみに任せるということでいいだろう。あっちの二人のことは、また今後の出方次第だな。
「後は勝手にしろ……」
そう言い残し家に戻ると、「おかえりなさい」と山下沙奈が迎えてくれた。私が出て行ったことに気付いて待っていたらしい。ホッとしたような顔をしていた。そんな山下沙奈の頭を撫で、
「さて、私も風呂に入って宿題でもするか」
と声に出した。今日のところはこれで終わりだ。新伊崎千晶のことは石脇佑香が勝手に監視を続けるだろう。また菱川和の時のようなことをやらかす可能性もあるが、別に構わん。好きにしろ。
髪をほどき服を脱ぎ捨て、私は風呂場へと入った。風呂に入ってさっぱりして、くだらんことは湯と一緒に流してしまいたいと思ったのだった。
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