JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

黄三縞亜蓮の告白

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「…痛い…痛いよ…」

黄三縞亜蓮きみじまあれんはようやく、自分の身に何が起こったのかを理解した。見知らぬ男がナイフを手に月城こよみを狙い、それを庇って自分が刺されてしまったのだということを。その瞬間、黄三縞亜蓮の頭の中でいくつもの思考がデタラメに駆け巡った。

「赤ちゃん…私の赤ちゃん……私の赤ちゃんが死んじゃう…!」

「死」という言葉を発した黄三縞亜蓮の表情が、とても中学生の少女とは思えない、恐怖と狂気とそれ以外の様々な感情をごちゃまぜにしたような異様なそれになっていた。黄三縞亜蓮が叫ぶ。

「死ぬ? 死んじゃう!? 赤ちゃんが死んじゃう!? 嫌だ! 死なないで! 死なないでお姉ちゃん!! 私はお姉ちゃんじゃない!」

さすがに月城こよみと肥土透も異常に気付き振り返り、その場に膝をつき錯乱する黄三縞亜蓮の下に駆け寄った。逃げ去る男の姿も見えたが、それどころではなかった。

「嫌だ! 私はお姉ちゃんじゃない! 私はお姉ちゃんの代わりじゃない! お姉ちゃんの代わりじゃないよぅ!!」

完全に支離滅裂で、何を言っているのか誰にも分からない絶叫を上げる黄三縞亜蓮を抱きかかえ、その腹に刺さったナイフを見て状況を理解した月城こよみがすかさず巻き戻しを行った。するとナイフは地面に落ち、服を真っ赤に染めた血も、ナイフによってできた裂け目も、もちろん黄三縞亜蓮自身の傷も、きれいさっぱり消え失せた。全てが巻き戻され、無かったことになったのだ。当然、赤ん坊も無事だ。黄三縞亜蓮が錯乱状態になっている以外は。

「黄三縞さん! しっかり! 大丈夫! もう大丈夫だから!!」

月城こよみがそう声を掛けても、自らの頭の両側を鷲掴みにするようにして、黄三縞亜蓮はなおも叫ぶ。

「私をお姉ちゃんの代わりにしないで! お姉ちゃんじゃない! お姉ちゃんじゃないからぁ!!」

その時、自分に呼び掛ける声すら届かない黄三縞亜蓮の頬をパーンとひっぱたく者がいた。その衝撃が、無秩序に頭の中を駆け回っていた思考に一定の方向性を持たせる。

ハッとなる黄三縞亜蓮の視線の先に、肥土透がいた。肥土透が黄三縞亜蓮の頬をひっぱたいたのだ。

「肥土君…私……」

呆然となった黄三縞亜蓮に肥土透が声を掛ける。

「大丈夫だ! 黄三縞! 何ともなってない。お前は何ともなってないんだよ、よく見ろ!」

その声に促されるように視線を下げると、確かに、刺さっていた筈のナイフはそこにはなく、真っ赤になっていた筈の手にも何もついておらず、痛みもなかった。

『…え? 何? さっきのは幻…?』

そう思いながら周囲を見回すと、行き交う人間達が怪訝そうな目で見、中には可哀想なものを見るような憐みの視線を向けてくる者もいた。

「ここじゃ何だからとにかく行こう、黄三縞さん」

地面に落ちたナイフを消し去りながら月城こよみが声を掛ける。逃げた男のことも気になったが、こんなところでは話もできない。とにかく今は移動するのが先だと考えた。そしてそのまま、黄三縞亜蓮の家へと戻ったのだった。

「落ち着いた…?」

黄三縞亜蓮の部屋でその体を支えたまま一緒にベッドに腰掛けた月城こよみが問い掛けてくる。それに頷きながらも黄三縞亜蓮は訊いた。

「さっきのは何だったの…?」

そう訊かれた月城こよみも刺された瞬間は見ていないから状況はよく分からなかったが、とにかく事実だけを端的に話す。

「黄三縞さんが誰かに刺されたのは本当。でも私が巻き戻したから大丈夫。今確認したけど、赤ちゃんも無事だよ」

『赤ちゃんも無事』という言葉を聞いた途端、黄三縞亜蓮の全身から力が抜けた。それを隣に座って支えつつ、月城こよみは逃げ去る男の姿を思い出していた。その姿に見覚えがあることも思い出す。

『あいつ…確か週刊誌の記者とかいう奴…?』

そこへ黄三縞亜蓮が体を預けたまま口を開いた。

「さっきの人、月城さんを狙ってたみたいだった。それで私、思わず体が動いて…」

言いながら刺された瞬間のことを思い出し、体が震え始める。自分の体を抱き締めるようにしてなおも言った。

「あの人の目、まるで人間じゃない感じだった…怪物みたいだった……」

震える黄三縞亜蓮の体を抱き締めて、月城こよみが声を掛ける。

「いいよ黄三縞さん。思い出さなくてもいい。大丈夫、もう大丈夫だから。あなたも赤ちゃんも…!」

だがそんな様子を見ながら、肥土透には少し気になることがあった。

『黄三縞、お姉ちゃんがどうとか言ってたよな…? 私はお姉ちゃんじゃないとか、お姉ちゃんの代わりじゃないとか……あれは何だったんだろう…?』

とは言えそれを口に出来ず、ただ黄三縞亜蓮を見詰めていた。すると、月城こよみに抱き締められて少し落ち着いた黄三縞亜蓮が、何か言いたげな肥土透の表情に気付いたように自ら口を開く。

「さっきの私が言ってたこと、気になる…?」

不意の問い掛けに「あ、いや…!」と、肥土透どころか月城こよみまで焦った顔をした。

「いいよ…二人には話しても。ううん、肥土君と月城さんには聞いてほしい……」

そう言って、黄三縞亜蓮は語り出した。自分が抱えているものを吐き出して、楽になりたいと思ったのだろう。

その話によれば、黄三縞亜蓮には本当は、亜蓮と名付けられる筈だった一つ年上の姉がいたのだそうだ。だがその赤ん坊は、産まれてから数分しか生きることができなかった。先天的な病があったらしい。

母親はそのことで悲嘆にくれたが、すぐ後でまた妊娠し、今度は無事に産まれてこれた赤ん坊を亜蓮と名付けた。先に亡くなった子が還って来たのだと言って。

しかしその時点で母親はもう、精神を病んでいたのだと思われる。

「あの人は、何度も何度もそのことを私に言い聞かせたんだ。

『あなたは、あの子の生まれ変わりなのよ』

って……

だから小さい頃、『私はお姉ちゃんの身代わりなんだ』って思ってた。それが私が生まれてきた理由なんだって……

でも、大きくなってくるとだんだんそれが嫌になってきて……私をお姉ちゃんの生まれ変わりということにして自分だけ楽になろうとしてるあの人が許せなくなってきたんだ……

それだけじゃない。あの男も、そんなあの人を庇うばっかりで、私のことなんか何も考えてくれなかった。

あの人達にとって必要なのは、お姉ちゃんが死んだっていう現実から目を逸らさせてくれる言い訳だったんだ……

じゃあ、私はなんなの…? 私はあの人達の現実逃避の道具として生まれてきただけなの?

嫌だ…嫌だ……私はそんなことの為に生まれてきたんじゃない…! 私は私よ! お姉ちゃんの生まれ変わりでも、あの人達の慰み物でもない……!

でも…そんな私の気持ちは、あの人達には届かなかった……

だから、もう、私は決めたの…あの人達のことは、私の両親だとは思わないって……頭のおかしいただの同居人だって……

だってそうでしょ? 生まれ変わりとか、そんなことある訳ないじゃない。

そんなこと……そんなこと……」

黄三縞亜蓮の奥深くから漏れ出る怨嗟の声に、月城こよみも肥土透も言葉がなかった。何も言葉を返せなかった。苦しげに絞り出されるそれに耳を傾けるしかできなかった。

そんな二人に、黄三縞亜蓮は何とも言えない笑みを浮かべて、さらに言った。

「だからね、私、あの人達の力は借りないようにしたんだ。自分の力だけで生きようって決めたんだ。その為にこの家を建てたんだ。この部屋を作る為に……

この部屋がね、私の<家>なんだ。この部屋以外は、あの人達を飼う為のスペース……寄生虫を生かしておく為の、ね……」

そこまで聞いて、ようやく、月城こよみも言葉を発することができた。どうしても納得できない疑問があったからだ。

「でもそれって、どうやって…? 黄三縞さん、まだ中学生だよね?」

月城こよみの疑問ももっともだな。両親の力は借りないと口では言っても、扶養されている身であれば籠の鳥と同じだ。けれど黄三縞亜蓮は不敵な感じで笑った。

「それは大丈夫。うちの家計の大半は、私の収入でやってるから。イエロートライプは私の会社なの。建前上はそこのモニターだけど、本当はオーナー社長なんだ」

突然の告白に、月城こよみも肥土透も呆気に取られた。たっぷり数秒間は固まった後、弾けるように言葉が溢れ出る。

「…え? うそ!? マジ!? イエロートライプって確かこの前、年商十億達成とかティーン誌で書かれてたよ…」

そこまで言ったところで、月城こよみの頭に何かが蘇り、ハッとなった。

「そうだ、イエロートライプって名前、イエロー=トライ=ストライプが基になってるって書いてた…

黄色い三つの縞…黄三縞…そういうことなんだ!?」

なるほど。この赤ん坊が黄三縞亜蓮のところに来るのは必然だったか。なら何も問題はあるまい。

後にこの話を聞いた私は、妙に納得がいってしまったのだった。

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