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日守こよみの章
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月城こよみ、肥土透、黄三縞亜蓮の三人が顔を突き合わせても、何もいいアイデアは浮かんでこなかった。当然だろう。いくら超常の力を得たと言っても中身はただの中学生だ。妊娠の件にすら、具体的な対応はできない。
ただ、当の黄三縞亜蓮自身は、自分が子供を産み母親になることについてはさほど心配や葛藤がある風ではなかった。むしろそれを喜んでいるようですらあった。
月城こよみが問う。
「黄三縞さんは、赤ちゃんを産むのは不安じゃないの?」
その問い掛けに、むしろ意外なことを訊くと言いたげにきょとんとした表情になって、黄三縞亜蓮は言った。
「全然。だって私もう、自分で生活できるから。私がうちの寄生虫を養ってやってるから」
意味が理解できず、月城こよみと肥土透は顔を見合わせた。自分で生活できる? 養ってやってる?
「え…と、それってどういう…?」
戸惑いを言葉にする月城こよみには応えず、黄三縞亜蓮は「そうだ!」と、何かを思い出したように手を叩いた。
「イエロートライプのアンダーが届いたの。月城さんにあげるって言ってたやつ」
と言われて、月城こよみの表情もパッと明るくなった。
「ホント!? 見せて見せて!」
途端にきゃあきゃあとはしゃぎだす二人に、肥土透は完全に取り残される。『何だこいつら…?』と呆気に取られて見ているしかできなかった。そんな肥土透に二人はじっとりとした視線を向けつつ、声を合わせて言う。
「…スケベ…!」
「は…?」と、さらに呆然とする肥土透に対し、月城こよみが顔を赤らめながら言う。
「いいから肥土君は外に出てて! ホントにもうデリカシーが無いんだから!」
『なんだよそれ、訳が分かんねえよ』と胸の内で毒づきながらも言われた通りに部屋を出る肥土透の背後で、月城こよみがさっそく制服を脱ぎ始めていた。
何やら楽しそうな雰囲気の扉の向こうとは対照的に、肥土透は一人思案に暮れていた。
『ホントに、どうしたらいいんだろうな…』
だが、いくら考えても無駄だ。お前らの力ではどうにもならん。今のお前達では赤ん坊一人どうすることもできんだろう。黄三縞亜蓮にはその件についてはどうやら何か方策があるようだが、そういうものを持たないお前らにできることは何もない。とは言え、考えずにはいられないのが人間というものなのだろうがな。
『赤ちゃんか…僕にはまだ全然ピンとこないな』
そう考えつつ、自分の両親を思い出す。仕事仕事で家庭を顧みず、小学校の二年生くらいまでたまに家に来るよその小父さんだと思っていたのが父親だと気付いた時の驚きは今でも鮮明だ。あの時は本当に雷でも落ちたかのような衝撃だった。母親は、基本的には優しかったがいつも暗い顔をして何かを思い詰めているような表情しか記憶にない。笑った顔など、それこそ見た覚えがない。その反面、怪しげな水晶玉らしきものやよく分からない石を並べて呪文のようなものを唱えている姿ならいくらでも思い出せた。その頃から既に、そういうものに救いを求めていたのだということが今なら分かる。
だからと言って綺勝平法源のような奴に金も家の権利書も渡すようなことを認める気にはなれなかった。まああれは、綺勝平法源自身に元々言霊使いとしての力があったことから並の人間では抵抗もできんのだろうが、そういう奴のところに行くというのがまず納得できないのだろう。
しかし、そんなことを真剣に考えている肥土透の背後からは、扉ごしに嬌声が聞こえてくる。
「きゃあ~っ! なにこれ可愛い~っ!!」
だの。
「月城さん似合ってる! 素敵!」
だの。
その能天気さに、肥土透の胸の中に表現しがたい感情が生まれる。
『お前らは~…!』
いい加減にしろと怒鳴りたくもなったが、それは辛うじて抑えた。それに、もうどうしていいか分からないっていうのは黄三縞亜蓮自身の筈だからな。肥土透が怒ったところで何の解決にもならん。それに気付いてしまったのだろう。肥土透の表情から急に毒気が抜けてしまった。
『そうだよな…一番辛いのは黄三縞の筈だよな…』
自分の手を見詰め、エニュラビルヌのそれに戻す。人間相手なら指一本で倒すことだってできるほどの力を得ても、自分の存在はあまりにも小さくて弱い。赤ん坊一人、助けてやることができない。それが悔しかったのだろう。ぎりっと音が出そうなほどに自らの手を強く握りしめた。
「肥土君、いいよ~」
しばらくして声を掛けられて部屋に戻る。と言っても下着を替えただけだから見た目には何も変わっていないが。
だが、肥土透が外にいる間に、何かやり取りがあったのだろうか。月城こよみと黄三縞亜蓮は顔を見合し、意を決したような表情をしていた。そして、肥土透に言う。
「肥土君。私決めたよ。私も黄三縞さんのこと応援する。赤ちゃんのこと、私も力になる。カハ=レルゼルブゥアが人間にとって危険な存在になるって決まった訳じゃないもんね。クォ=ヨ=ムイだって口では人間を消すとか地球を消すとか言ってるけど、結局は私達の味方してくれてるし。私達が人間の味方になってくれるように育てていけばいいよね。だから肥土君。肥土君も力を貸して」
月城こよみの開き直りは、人間にとっては無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、私が人間として地球で生きていたことを考えれば実は突拍子もないことでもなかった。実際、人間の中に紛れてそれなりに生きている奴らだってけっこういる。
ヴィシャネヒルの件は、あれがそういう性質だったから無理だっただけだ。この地球上に私が存在している時点で、人間の命運など薄氷の上にあるのと同じだ。今さらそこにカハ=レルゼルブゥアが加わろうと大した違いではない。月城こよみはそのことに気付いてしまったのだった。
自分の知らないところで二人だけで結論が出てしまったことに釈然としないものはあったが、月城こよみがそう決めたのなら、それに乗ってやるだけだと肥土透は考えた。
『やれやれだよ、まったく…』
胸の中ではそう言いながらも、取り敢えず落ち着くところに落ち着いたのならそれで構わなかった。
ただし、お前達人間としてはそれでいいかも知れないが、私としては少々、懸念材料がないこともない。それは、カハ=レルゼルブゥアの出現とハスハ=ヌェリクレシャハがほぼ同時だったいうことだ。実はこいつら、私が知る限りでも数百億年に及ぶ因縁の間柄であり、互いに滅し滅されるということを延々と繰り返してきているのだ。
で、今回、ハスハ=ヌェリクレシャハが現れたということは、この後、ハリハ=ンシュフレフアが現れるのは間違いないということだ。それが明日になるのか十年後かは分からん。だが、間違いなくハリハ=ンシュフレフアは来る。恐らくは、カハ=レルゼルブゥアが先に地球に来たことで、ハスハ=ヌェリクレシャハが尖兵として送り込まれたということだろう。
ならば余計にカハ=レルゼルブゥアを始末した方が良いのではないか? と人間は思うだろう。だが話はそう単純ではない。ハスハ=ヌェリクレシャハが現れたということは、ハリハ=ンシュフレフアの出現は既に決定事項なのだということである。そして奴が現れれば、地球は、運が良ければ壊滅的打撃を受けるだろう。そう、『運が良ければ』だ。運が良ければ壊滅的打撃は受けるとしても多少の生物は生き延びられる。
運が悪ければ? その時はまあ、太陽系ごと地球が消えるくらいは想定しておかなきゃならんだろうな。
だからまあ、カハ=レルゼルブゥアを味方に引き込もうという発想は、あながち間違いでもないということなのだ。何しろ、私とカハ=レルゼルブゥアの関係は、ハリハ=ンシュフレフアとのそれに比べればさほど険悪でもないのだからな。
ただ、当の黄三縞亜蓮自身は、自分が子供を産み母親になることについてはさほど心配や葛藤がある風ではなかった。むしろそれを喜んでいるようですらあった。
月城こよみが問う。
「黄三縞さんは、赤ちゃんを産むのは不安じゃないの?」
その問い掛けに、むしろ意外なことを訊くと言いたげにきょとんとした表情になって、黄三縞亜蓮は言った。
「全然。だって私もう、自分で生活できるから。私がうちの寄生虫を養ってやってるから」
意味が理解できず、月城こよみと肥土透は顔を見合わせた。自分で生活できる? 養ってやってる?
「え…と、それってどういう…?」
戸惑いを言葉にする月城こよみには応えず、黄三縞亜蓮は「そうだ!」と、何かを思い出したように手を叩いた。
「イエロートライプのアンダーが届いたの。月城さんにあげるって言ってたやつ」
と言われて、月城こよみの表情もパッと明るくなった。
「ホント!? 見せて見せて!」
途端にきゃあきゃあとはしゃぎだす二人に、肥土透は完全に取り残される。『何だこいつら…?』と呆気に取られて見ているしかできなかった。そんな肥土透に二人はじっとりとした視線を向けつつ、声を合わせて言う。
「…スケベ…!」
「は…?」と、さらに呆然とする肥土透に対し、月城こよみが顔を赤らめながら言う。
「いいから肥土君は外に出てて! ホントにもうデリカシーが無いんだから!」
『なんだよそれ、訳が分かんねえよ』と胸の内で毒づきながらも言われた通りに部屋を出る肥土透の背後で、月城こよみがさっそく制服を脱ぎ始めていた。
何やら楽しそうな雰囲気の扉の向こうとは対照的に、肥土透は一人思案に暮れていた。
『ホントに、どうしたらいいんだろうな…』
だが、いくら考えても無駄だ。お前らの力ではどうにもならん。今のお前達では赤ん坊一人どうすることもできんだろう。黄三縞亜蓮にはその件についてはどうやら何か方策があるようだが、そういうものを持たないお前らにできることは何もない。とは言え、考えずにはいられないのが人間というものなのだろうがな。
『赤ちゃんか…僕にはまだ全然ピンとこないな』
そう考えつつ、自分の両親を思い出す。仕事仕事で家庭を顧みず、小学校の二年生くらいまでたまに家に来るよその小父さんだと思っていたのが父親だと気付いた時の驚きは今でも鮮明だ。あの時は本当に雷でも落ちたかのような衝撃だった。母親は、基本的には優しかったがいつも暗い顔をして何かを思い詰めているような表情しか記憶にない。笑った顔など、それこそ見た覚えがない。その反面、怪しげな水晶玉らしきものやよく分からない石を並べて呪文のようなものを唱えている姿ならいくらでも思い出せた。その頃から既に、そういうものに救いを求めていたのだということが今なら分かる。
だからと言って綺勝平法源のような奴に金も家の権利書も渡すようなことを認める気にはなれなかった。まああれは、綺勝平法源自身に元々言霊使いとしての力があったことから並の人間では抵抗もできんのだろうが、そういう奴のところに行くというのがまず納得できないのだろう。
しかし、そんなことを真剣に考えている肥土透の背後からは、扉ごしに嬌声が聞こえてくる。
「きゃあ~っ! なにこれ可愛い~っ!!」
だの。
「月城さん似合ってる! 素敵!」
だの。
その能天気さに、肥土透の胸の中に表現しがたい感情が生まれる。
『お前らは~…!』
いい加減にしろと怒鳴りたくもなったが、それは辛うじて抑えた。それに、もうどうしていいか分からないっていうのは黄三縞亜蓮自身の筈だからな。肥土透が怒ったところで何の解決にもならん。それに気付いてしまったのだろう。肥土透の表情から急に毒気が抜けてしまった。
『そうだよな…一番辛いのは黄三縞の筈だよな…』
自分の手を見詰め、エニュラビルヌのそれに戻す。人間相手なら指一本で倒すことだってできるほどの力を得ても、自分の存在はあまりにも小さくて弱い。赤ん坊一人、助けてやることができない。それが悔しかったのだろう。ぎりっと音が出そうなほどに自らの手を強く握りしめた。
「肥土君、いいよ~」
しばらくして声を掛けられて部屋に戻る。と言っても下着を替えただけだから見た目には何も変わっていないが。
だが、肥土透が外にいる間に、何かやり取りがあったのだろうか。月城こよみと黄三縞亜蓮は顔を見合し、意を決したような表情をしていた。そして、肥土透に言う。
「肥土君。私決めたよ。私も黄三縞さんのこと応援する。赤ちゃんのこと、私も力になる。カハ=レルゼルブゥアが人間にとって危険な存在になるって決まった訳じゃないもんね。クォ=ヨ=ムイだって口では人間を消すとか地球を消すとか言ってるけど、結局は私達の味方してくれてるし。私達が人間の味方になってくれるように育てていけばいいよね。だから肥土君。肥土君も力を貸して」
月城こよみの開き直りは、人間にとっては無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、私が人間として地球で生きていたことを考えれば実は突拍子もないことでもなかった。実際、人間の中に紛れてそれなりに生きている奴らだってけっこういる。
ヴィシャネヒルの件は、あれがそういう性質だったから無理だっただけだ。この地球上に私が存在している時点で、人間の命運など薄氷の上にあるのと同じだ。今さらそこにカハ=レルゼルブゥアが加わろうと大した違いではない。月城こよみはそのことに気付いてしまったのだった。
自分の知らないところで二人だけで結論が出てしまったことに釈然としないものはあったが、月城こよみがそう決めたのなら、それに乗ってやるだけだと肥土透は考えた。
『やれやれだよ、まったく…』
胸の中ではそう言いながらも、取り敢えず落ち着くところに落ち着いたのならそれで構わなかった。
ただし、お前達人間としてはそれでいいかも知れないが、私としては少々、懸念材料がないこともない。それは、カハ=レルゼルブゥアの出現とハスハ=ヌェリクレシャハがほぼ同時だったいうことだ。実はこいつら、私が知る限りでも数百億年に及ぶ因縁の間柄であり、互いに滅し滅されるということを延々と繰り返してきているのだ。
で、今回、ハスハ=ヌェリクレシャハが現れたということは、この後、ハリハ=ンシュフレフアが現れるのは間違いないということだ。それが明日になるのか十年後かは分からん。だが、間違いなくハリハ=ンシュフレフアは来る。恐らくは、カハ=レルゼルブゥアが先に地球に来たことで、ハスハ=ヌェリクレシャハが尖兵として送り込まれたということだろう。
ならば余計にカハ=レルゼルブゥアを始末した方が良いのではないか? と人間は思うだろう。だが話はそう単純ではない。ハスハ=ヌェリクレシャハが現れたということは、ハリハ=ンシュフレフアの出現は既に決定事項なのだということである。そして奴が現れれば、地球は、運が良ければ壊滅的打撃を受けるだろう。そう、『運が良ければ』だ。運が良ければ壊滅的打撃は受けるとしても多少の生物は生き延びられる。
運が悪ければ? その時はまあ、太陽系ごと地球が消えるくらいは想定しておかなきゃならんだろうな。
だからまあ、カハ=レルゼルブゥアを味方に引き込もうという発想は、あながち間違いでもないということなのだ。何しろ、私とカハ=レルゼルブゥアの関係は、ハリハ=ンシュフレフアとのそれに比べればさほど険悪でもないのだからな。
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