JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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夏休みの章

カタストロフィ

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制御棒の挿入も圧力容器の圧力を下げる為のベントも、人力で何とかなりそうだった。だが、何故か冷却水が排出されるばかりで入って行かないのが解決されなかった。このままでは、制御棒を差し込んで臨界状態を解除できても、燃料棒自体が発してる熱を下げられずに融解してしまう。いわゆる炉心融解語メルトダウンというやつだ。冷却水を注入しとにかく炉心を冷やさないと、メルトダウンは避けられない。

『くそっ…! ダメなのか……!?』

メルトダウンの兆候が見られ始め、原子炉にいた者とその状況を知る全ての者が最悪の事態を頭によぎらせたその時、

「……え…?」

と、誰かが声を上げた。

何故か突然、冷却水の循環が再開されたのだ。

見る間に水位が上がり、炉心の温度が下がっていく。原子炉としては大きなダメージを受けたかもしれないが、少なくともこれで最悪の事態だけは避けられた。

「やった…?」

「…やったのか……?」

「ぃやったあぁぁーっっ!!」

冷却水の注水及び循環が再開されたことが分かった瞬間、ほぼすべての現場で大きな歓声が上がった。しかも手動で押し込もうとしていた制御棒も何故か突然動き出し、臨界状態を解除することができた。

「助かった…のか……?」

獅子倉修一郎ししくらしゅういちろうは腰が抜けてその場に座り込んだ。曇ってもう殆ど前も見えない防護服のバイザーの中で、彼は泣きながら笑っていた。

「よかった…よかったぁ……」

娘や妻の顔を思い浮かべ、二人が待つ家へと帰れることを喜び、ただ涙を流したのだった。



しかし、なぜ突然、コントロールが戻ったのか?。

理由は簡単だ。原子炉のコントロールを奪っていた石脇佑香いしわきゆうか》が、それを止めたからである。だが何故?

それも些細な理由だった。

「…あれ? 人間が滅んじゃったらアニメ見られないじゃん」

ということに気付いただけである。非常に幼稚で、短絡的で、残忍で、狂気に満ちた<鏡の表面にデータとして焼き付けられた人間の成れの果ての怪物>によるカタストロフィは、寸でのところで回避されたのだった。

今回の事件は、先進各国の殆どの国で同時に起こったことだった為、それぞれの政府間での秘密裏の交渉により、お互いにそれについて詮索するようなことはせず公表もせず、内々に処理することで決着が着いた。故に、安全対策を更に強化するという大前提はありつつも、日本を含む殆どの国では原子力発電は今後も続けていくということになった。それでも、ごく一部の国では再生可能エネルギーの推進へとシフトしたところもあったようだが。

また、これは推測の域を出ないことではあるが、技術力の劣る某国では実際にメルトダウン、メルトスルーが発生してしまい大変な被害が出たようではあった。が、元々秘密主義のお国柄だった為にその事実はもちろん公表されず、しかも他の国々も危ういところだったことで強く責めることもできず、うやむやになってしまったという事例もあったのだった。

だがさらにその裏では、メルトスルーに伴う高度被曝による重度の放射線熱傷を受けた筈の作業員が、わずか数日で回復、多少の後遺症は残ったが全員が命を取り留めるという、人知を超えた謎の現象が確認されたという話もあったのだが、こちらもやはり公表されることはなかったのである。

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