JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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夏休みの章

憐み

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さて、僅かに漏れ出たクォ=ヨ=ムイとしての力に溺れ<怪物>と化した奴と、<木刀を手にした中年サラリーマン>との攻防も、いよいよ佳境と言ったところかな。

男はちらりと私の方に視線を向けた。間違いなく私が見ていることに気付いている。しかし、だからといって何をするでもない。私が手出ししてこないのであれば、奴もこちらには構うつもりはないようだ。

その態度は少々鼻につくものの、まあ、私としてもちょっかいをかけるほどのものではないと思うからな。今は高見の見物としゃれこもう。

「があっっ!!」

男が私の方に意識を逸らした隙を突き、<怪物>が飛び掛かる。しかし男は体を僅かにひねりながら木刀を奔らせ、その攻撃を受け流した。

軌道を逸らされた<怪物>の体はそのままの勢いで茂みに飛び込み、姿が見えなくなる。だが、逃げた訳ではない。気配はある。まだそこにいる。姿を隠して男の死角から攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。

もっとも、それ自体が完全に読まれているがな。

人間なら確実に一撃で仕留められる攻撃を男の死角から繰り出すが、男の方はどうやら、人間が<気>と呼ぶものを読むことで察知しているらしい。視覚的な死角は意味がなかった。

最初からそうだったが、それは一方的な弄り殺しだった。

<怪物>が何度飛び掛かっても、周囲の木々を足場に変則的な動きで惑わそうとしても、気配そのものを読まれている以上、なにも意味がない。

男はまるでダンスでも踊るかのように体をひねり、怪物を打ちのめす。

しかも、そろそろ始末をつけるつもりなのだろう。威力が少しずつ上がってきているのが分かる。それも、ただ物理的に打ち付けるそれではなくて、対象物を確実に破壊する為のそれに変わりつつあった。また、力の加減を試すかのように、意図的に僅かずつ威力を上げている。

自身の力の制御を試すと同時に、この怪物がどの程度の攻撃にまで耐えられるのかを試しているのだろう。

まったく。どこまでも底意地の悪い奴だ。

怪物の方は、自分がどれほど力を振り絞って挑んでもまるで歯が立たないことを思い知らされたのか、いつしかその目からは涙があふれていた。泣きながら男に挑みかかっていた。

まるで、いじめっ子に果敢に歯向かういじめられっ子のように。

おそらく人間は、そういう姿に憐みも感じるのだろうが、私には生憎そんなメンタリティはない。

男の性格の悪さに苦笑いを浮かべてしまうだけだ。

やがて、あれほどのタフネスぶりを見せていた怪物の動きが鈍り始めると、男はもう用なしと見做したのだろう。突然、それまでとは桁違いの力をその体に漲らせ、木刀をふるったのだった。

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