JC邪神の超常的な日常

夏休みの章

厄介なことに

自分目掛けて猛スピードで突っ込んでくる自動車にも、木刀を手にした中年サラリーマン風の男は悠然と構えているだけだった。頭がおかしいようにも見えるかもしれないが、特徴を掴ませない飄々としたその目は、しっかりと自動車を捉えている。

『異能力者か』

＜少年Ａ＞が、クォ＝ヨ＝ムイとしての意識に目覚めていない私だということを見落としていたのを反省して感覚をそちら用に切り替えたから、私には分かる。こいつは＜異能力者＞だ。それも、＜少年Ａ＞とは違って、人間に転生している＜私＞とは別口の、異能に目覚めた人間だ。

「何々？　何この人？　やる気？」

突然現れた男に、石脇佑香いしわきゆうかが楽しそうに声を上げる。まるでアニメでも見ているかのように。いや、言葉通りの意味の＜ネットの住人＞になったこいつにとっては、こちらの世界で起こっていることはもはやアニメのようなものなのだろう。

で、男の方はと言うと、突っ込んでくる自動車に対してゆるりと木刀を突き出し、その切っ先がバンパーにめり込んで自動車の構造を支える頑強な部分に行き当たったと見るや、くん、と木刀を振り上げてみせたのだった。

それこそ人間の目ではまともに捉えることもできないであろう一瞬のことだったが、クォ＝ヨ＝ムイである私には分かる。

瞬間、男に衝突する形で向かっていた自動車の運動エネルギーのベクトルが逸らされ、空に向かって舞い上がる方向へと全てのエネルギーが集中した。ちょうど、ジャンプ台に乗り上げたようなものだ。

時速百キロを超えていた自動車は男の頭の上を飛び越えて空中高く浮き上がり、前方部分が持ち上げられた所為か後部を下にする形で反転して、最終的には屋根から再び道路へと着地した。

ガラスが割れ金属がひしゃげる何とも言えない凄まじい破壊音と擦過音と火花と共に、天地逆になった自動車が独楽のようにくるくると回転しながら数十メートルにわたって道路を滑った。

いやはや、もはやただの大事故だな。これじゃ中に乗ってたのが＜普通の人間＞で、シートベルトをしていなければ、ほぼ即死だろう。

が、ようやく停止した自動車をやはり飄々とした様子で見詰めていた男の前で、自動車がガクガクと揺れたかと思うと、天を向いた底を突き破り、人影が現れたのだった。

おうおう、命の危機に直面して、力がさらに覚醒してしまったか。

まあそれでも、本来の私の力に比べればゾウリムシに毛が一本余分に生えた以下の変化だが、人間にとっては厄介なことになったな。

で、事を引き起こした当の中年サラリーマン風の男は、それでもゆらりと、まるで知人に挨拶にでも行こうとするかのように歩き出したのであった。