JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Long Good-by

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月城こよみの攻撃は、激しかった。無数の刃物の竜巻とも言うべき攻撃を休むことなく繰り出し、綺勝平法源《きしょうだいらほうげん》を守るべく立ちはだかる怪物と化した信者を容赦なく切り刻んだ。メヒェネレニィカも、攻撃を別の空間に飛ばそうと刃に触れた瞬間に喰らってやった。もちろん毒が仕込まれていたが、今さら二匹や三匹分の毒が増えたところで大した差でもない。

「お前が! お前がーっっ!!」

憤怒の形相で綺勝平法源を睨み、吠える。己を守る為に信者を盾に使うことが、月城こよみの怒りに油を注ぐ結果となった。全ての元凶であるこいつを潰す。その一点だけに渾身の力を叩き付けた。そのあまりの凄まじさに肥土透はホールの隅で身を竦めるしかできなかった。

怪物と化し切り刻まれた信者の中に肥土透の母親がいたことにも気付かず、月城こよみの攻撃は続いた。だが私は気付いていた。こいつは焦っているのだ。感覚を共有して分かった。もう長く攻撃を続けることができないのである。綺勝平法源に仕込まれた毒の影響なのだろう。力が失われつつあるのだ。

あと一押し、あと一押しで綺勝平法源に届く。そう思った瞬間、月城こよみの体にビクンッと何かが奔り抜けた。攻撃が一瞬止まり、肩越しに背後を振り返った視線の先にいたのは、

「ケニャルデラ!!?」

それに気付いた月城こよみはパニックに陥っていた。こいつだけはどうしてもダメだったのだろうな。無数の刃と化した自らの髪を、ケニャルデラ目がけて奔らせ、自分の体ごと突き刺した。そしてその隙を、綺勝平法源は見逃してはくれなかった。一瞬で間合いを詰め、左の拳を繰り出すのが見えた。

咄嗟にそれを受け止めようとした右腕が弾け、光となって消えた。体勢が崩れ、反撃に転じるのが遅れる。いや、そもそももう攻撃の為の力が殆ど残っていなかったのだった。この状態で次の攻撃を受けたら……

次の攻撃を受けたら、巻き戻せる保証はどこにもなかった。

『ごめんなさい…』

月城こよみが、意識の隅でそう詫びた。いろいろな意味での『ごめんなさい』だというのが分かった。両親を生き返らせることができなかったこと、綺勝平法源に意識を奪われて利用されてるだけの信者達を救えなかったこと、肥土透の力になってやれなかったこと、そして何より、自分が不甲斐ないせいで私までもが消えてしまうことに対する詫びだった。

『気にするな。結構楽しませてもらったよ』

時間にして百分の一秒もなかったであろうその瞬間に、私は月城こよみを抱き締めていた。意識の中で、母親が我が子を抱くように抱き締めていた。

が、結末は訪れなかった。来るはずの暗転が来なかったのである。

何だ? 何故、綺勝平法源の攻撃が来ない?

そう思って意識を外に向けると、そこには私が思ってもみない光景があったのだった。

「ショ=エルミナーレちゃん…?」

月城こよみが呟くように言った。そう、ショ=エルミナーレがそこにいたのだ。私達にとどめを刺す為に繰り出された綺勝平法源の右の拳を掴み、冷めた目で私達を見詰める幼女の姿がそこにはあった。

「…私に勝ったお前がこんな奴に負けるのは許さない」

…は……?

呆気にとられる私達の前で、綺勝平法源も困惑したように問うた。だが。

「何故、貴方がこの悪魔の味方をするのです? 貴方は我が神の…」

だが、その問いは最後まで言うことはできなかった。

「五月蠅い、黙れ」

ショ=エルミナーレが体を捻り右の拳を繰り出した瞬間、綺勝平法源の腰から上が光となって消え失せた。それどころかその背後の壁が巨大な拳の形に凹み、ビルそのものが爆発したかのように揺れるのが分かった。さすがに本物の力は桁が違った。

戦いは、思いがけぬ形で幕を閉じた。下半身だけが残った<綺勝平法源だったもの>がその場に崩れ落ちると、静けさがその場を包んだ。そこにいたのは、月城こよみと、ショ=エルミナーレと、肥土透と、気を失ったアルヴィシャネヒラ(仮)だけだった。他には何もいない。あるのは細切れの肉片が浮かぶ血の海だけだ。

「ありがとう…」

もはや立つこともままならない月城こよみが、ショ=エルミナーレを見上げて言った。

「ふん」

と、もう関心を無くしたとばかりにショ=エルミナーレは冷めた眼差しを残し姿を消す。

「みんなを…巻き戻さなきゃ……」

消し飛んだ右腕を巻き戻すよりも先に、自分が切り刻んでしまった信者達を巻き戻す。真っ先に巻き戻したのは肥土透の母親だった。戦っている最中には気付かなかったが、巻き戻そうとして気付いたのだろう。だが、数人を巻き戻した時点で、もう体を支えていることもできなくなった。力が尽きたのだ。

巻き戻された人間達は、あまりの恐ろしい惨状に我先にと逃げ出していく。綺勝平法源が死んだことで呪縛が解けたのだ。しかも、操られていた間も、情動を失っていただけで、意識も記憶もあるのだろう。状況は把握しているようだった。

肥土透の母親も、自分の息子がこの場にいるというのに、目をくれることもなく逃げ去った。

「クォ=ヨ=ムイさん、大丈夫ですか…?」

肥土透も、母親のことはそれほど気に掛ける様子もなく私達の方に駆け付けた。人間の姿には戻っていたが、全裸だった。それにギョッとなった月城こよみだったが、既にそれどころではなかった。体が動かない。指一本動かすこともできない。

エネルギーは足りている。ただ、それを力に変換することができないのだ。綺勝平法源に仕掛けられた毒が、クォ=ヨ=ムイという力を生み出す為の存在をことごとく破壊してしまった為である。

人間としてなら、数週間もすれば回復し動けるようにはなるだろう。失われた右腕も、いざとなればもう一人の私に頼めば巻戻すことはできる。しかし、月城こよみが再びクォ=ヨ=ムイの力を使うことはできない。少なくとも、今のままではな。

『ごめんなさい…ごめんなさい……』

もはや声を出すこともできず、月城こよみは泣いていた。自分の無力さを、迂闊さを、浅薄さを悔やんで泣いていた。だが、それは違う。お前を唆したのは私だ。私の読みが甘かっただけだ。悪いのはお前ではない。お前は自分にやれることをやったのだ。

この時、私は気が付いてしまった。どうして私の意識だけが残っていたのかということを。月城こよみが力を使えなくなったのは、この肉体におけるクォ=ヨ=ムイという存在が、毒によって破壊されてしまったからだ。とは言え、完全に消え去ってしまった訳じゃない。存在の大部分の制御を月城こよみに譲る形になり切り離されてしまったが、それ故に毒の影響が最小限で済んだ部分がある。そう、今のこの私だ。これこそが、何故、私がこのような形で残ったのかという答えなのだろう。

『泣くな、月城こよみ。今、多少の巻き戻しくらいならできるようにしてやる』

私は、残った自らの制御の全てを月城こよみに譲り渡した。これでもう、私はただ力を生み出す為の装置そのものとなり、自ら思考することはできない。だがそれでいい。何年後か、何百万年後か、いずれ還ってこられるのだから。

『楽しかったぞ…』

それが、私の最後の言葉となった。

瞬間、失われた右腕が巻き戻され、月城こよみは跳ねるように体を起こした。

「クォ=ヨ=ムイ!?」

月城こよみも、全てを理解した。理解して、泣いた。

ぼろぼろと涙をこぼして泣きながら、残りの信者達も巻き戻した。破壊されたホールの壁も、綺勝平法源までも。

「わ…私は…?」

床に座り込んだままで呆然と呟いた綺勝平法源の顔を、ガツンという衝撃が襲った。見上げた先に、震える体で拳を握り締め、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった月城こよみの姿があった。怒っていた。ものすごく怒ってはいたが、それはあくまでも中学生の子供の顔であった。

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