JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Fury

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エニュラビルヌには、奇妙な習性があった。食った生き物のライフマスクを、その異様に太い首に浮かび上がらせるという変わった習性だ。しかしそれには生態的には何の意味もない。そんなことをしなくてもこいつには何の支障もない。なのにそんなことをするのである。それはあたかも趣味で狩りをする人間が剥製として狩った動物を残す行為に近いと思われた。そうだ、こいつは食った生き物のライフマスクをコレクションするのが趣味なのだ。

しかも、デスマスクではなくライフマスク、生きている時の顔そのものどころか、その生き物の記憶も意識もすべてそこに取り込むのである。ということは、肥土透はエニュラビルヌに食われていたということだ。それも、ここに来て、ここにいた奴に食われたのではない。このビルの前に現れた肥土透は、既に食われた後だったのだ。こいつを見た時に感じた異様な気配は、その所為だったのだ。

それだけではない。あの時に私達がそうだと分からなかったのは、それがもうただのエニュラビルヌではなかったからだ。エニュラビルヌの肉体を有した肥土透だったということなのだろう。

何があったのか知らんが、また随分とややこしいことになったものだ。だがこんな真似をするのは、あいつしかいないと私は思った。そう、もう一人の私だ。何をやろうと勝手だが、それがこっちの面倒を増やすことになるのはいただけんな。

「あれ、<もう一人のあなた>がやったことなの?」

月城こよみが問い掛けてくる。別に誤魔化す必要もないから私はそのまま答えた。

『確証はないが、恐らくそうだろう。こういうことができる奴が他にいたら、私達が気付かん筈がないし。完全に異質な存在だと意識せずとも感じ取ってしまうんだが、私達ともう一人の私は互いに同じ存在だから、普段は意識しないと認識できないという面もあるからな』

その私の言葉を受けた月城こよみの体に力が入るのを、私は感じ取っていた。それが憤りであることを理解するのには何の支障もなかった。もう一人の私が肥土透をそのようにしてしまったことに対して、怒っているのだ。

だが今は、それは優先的に考えるべき案件ではない。先にこの状況をどうするかが問題だ。エニュラビルヌと化した肥土透の視線の先には、綺勝平法源きしょうだいらほうげんの姿があった。奴が狙いであることは、疑う余地もなかった。

しかし、異形の怪物を前にしても綺勝平法源の顔に焦りや恐怖は全く見えなかった。それどころか、醜い姿を晒す肥土透を嘲笑うかのようにニヤニヤと笑っていた。その視線がこちらを向く。私達に気付いているのだ。気付いていて、自分がエニュラビルヌをどう料理するか見ていろと言っているのだろう。

肥土透がその綺勝平法源に食らいつこうと首を奔らせる。それをするりと躱し、綺勝平法源は左の拳を肥土透の首に叩き付けた。その瞬間、首の一部が破裂するかのように弾け飛んだ。しかも、破裂した部分が光となって消滅する。

まさか、あれは…!?

「ショ=エルミナーレちゃんの技…!?」

思わずそう声を漏らした月城こよみの方へと、エニュラビルヌの肉体を有した肥土透が座席を弾き飛ばしながら転がってきた。それでも肥土透は体を起こし、綺勝平法源を睨み付ける。さすがに相手がどれほど強力かを感じ取ったのだろう。そのまま距離を取り、自身の回復を図るようだ。弾け飛んだ部分が見る間に回復していく。この辺りはさすがだった。エニュラビルヌは高温・高熱で一気に焼かれない限り瞬く間に回復するのだ。

とは言え、相手が悪い。今の一撃を見ただけでも肥土透に勝ち目がないのは分かった。やはりショ=エルミナーレがこの星に現れたのは偶然ではなかったか。恐らく奴の力の一部を授かったのだろう。私達と会った時点で既に身に付けてはいたのだろうが、使いこなすまでには時間が必要だったということか。

綺勝平法源はグラップラーのように緩く握った両拳を自分の顔の高さに構え、やはりニヤニヤと笑っていた。まったく、本当に癇に障る奴だ。しかも近接格闘型。今の月城こよみが真っ向から挑んでは勝てない相手である。

肥土透も力の差を理解したようだ。距離を取りどう攻めればいいのかを思案していると思われた。だがそれは無駄な行為だ。エニュラビルヌの攻撃方法は、強靭な肉体を使った物理攻撃のみ。その部分でこれほど力が乖離していては、勝てる道理は全く無い。

本人も分かっている筈だ。とは言えそれでも引き下がれないだけの恨みが綺勝平法源に対してはあるのだろう。さて、どうしたものか。

その時、攻め込んでこない肥土透を蔑むような目を向けた綺勝平法源が構えを解き、もう相手にする価値もないとばかりに背を向けた瞬間、肥土透の体がすさまじい速さで奴に迫った。

「肥土君! ダメえっっ!!」

月城こよみが叫ぶ。だが、もう手遅れだった。肥土透の口が綺勝平法源を捉えると見えたその瞬間、その体に無数の穴が開き、見えない針で空中に縫い付けられたかのように動きを止めてしまったのだった。グェチェハウだ。このホールに、相当な数のグェチェハウが潜んでいたのである。

全身に穴が開いた状態で身動き一つとれないのであろう肥土透の口から、声が漏れた。

「かあ…さん…」

『母さん』。確かに肥土透はそう言った。そしてその視線の先には、演壇の脇で人形のように無表情のまま立っている中年女性の姿があった。それは、確かに肥土透の母親だった。月城こよみも、学校の行事で訪れたその姿を何度か見かけたことがあった。そして私達は理解した。肥土透は、母親を取り戻す為に来たのだろう。しかしその願いは聞き入れられず、何らかの事情で手に入れたエニュラビルヌの力を使って力尽くで願いを叶えようとしたのだ。

異形の怪物と化した自分の息子を見ても表情一つ変えず、肥土透の母親はただ綺勝平法源を見詰めていた。死んだ魚のような目で。自分の方を見ようともしてくれない母親に、肥土透は泣いた。幼い子供のように大粒の涙をこぼして泣いていた。その体に、さらに穴が増えていく。グェチェハウの触覚で貫かれているのだ。

それを見る月城こよみの体に、凄まじい力が込められていた。全身が総毛立つのが分かる。怒髪天を衝くとはこのような状態を言うのだろう。

「が、あ、ああぁぁあぁああぁああぁあーっっっ!!!」

怒りが激しすぎてもはや意味のある声にすらならず、月城こよみは吠えた。吠えて、ホール全体に鋭く硬く髪を奔らせていた。そして一瞬で、ホール内にいた全てのグェチェハウを始末した。

にも拘わらず、同じくその場にいた肥土透とその母親、そして母親と同じように演壇の脇に控えていた人間達の体には、毛先が軽く触れているだけであった。ここに至って、己の感情とは別に力の制御をする術を完璧に身に付けたのである。

もちろん、綺勝平法源に対してはそんな手加減はしていなかった。だが、月城こよみの攻撃は届かない。綺勝平法源を守るように二つの影が宙に浮かんでいた。メヒェネレニィカだ。メヒェネレニィカの空間転移が攻撃を他の空間へと飛ばしたのである。しかもそれに気付いた月城こよみは、完全に他の空間へ飛ばされる前にその場で攻撃をとどめていた。飛ばされた先に被害が出ないように。

当然そうだろうとは思っていたが、メヒェネレニィカもこいつの差し金だったか。本当に小細工が好きな奴だな。私自身の手で真っ向からぶちのめしてやりたいと思ったが、今の私ではできないのが口惜しくて仕方ないのだった。

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