JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Be weak in

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グェチェハウと言えば、今の私達が真っ先に思い出すのは綺勝平法源きしょうだいらほうげん。あのグェチェハウが奴の支配を受けてるものだったかどうかは分からん。例え支配を受けてるものだとしても何故アルヴィシャネヒラ(仮)を襲ったのかも分からん。いずれにせよ手掛かりが何もない以上は、地道に狩りを続けるしかないのかも知れん。月城こよみがどれだけのことが出来るのかの確認もしないといけないしな。だが…

「私の所為なのかな…」

私が考察をしていると、周囲に与えた被害を巻き戻しつつ月城こよみが呟くようにそう言った。何を言いたいのかは分かるが、今はそんなことを気にしても仕方ない。私は冷徹に言い放つ。

『お前が奴を結界で閉じ込めた所為だとか思ってるのなら見当違いだな。奴を閉じ込めておくように促したのは私だ。気に病むのはよせ。時間の無駄だ』

私の言葉に、月城こよみは押し黙る。

「……」

何かを言おうとはしてるのだろうが、言葉にならないのだろう。まとまらない考えなど意味はない。私が改めて明確な目的を与えてやる。

『それよりも狩りを続けるぞ。ちょうど近くに別のがいる。この感じなら今のお前でも手頃な相手だ』

そこまで言われてようやく気持ちを切り替える目途が立ったのだろう。小さく呟くように返事をした。

「…分かった…」

まだ割り切れてはないようだが、私は容赦しない。

『まあとにかく、あのグェチェハウを見つけたいのならいずれにせよ今は狩りを続けるしかなかろう。アルヴィシャネヒラ(仮)を巻き戻してやりたいとか思っているのだろう?』

さらに目的を具体的にすることで、曖昧だった意識を集約させる。

「…うん。そうだね」

そう言って顔を上げた月城こよみは、次の化生を狩るべく地面を蹴り、髪を翼にして宙を舞った。次の場所もそう遠くない。そこはカラオケ店やゲームセンターが集まった、深夜まで遊んでいる若い連中が誘蛾灯に誘われる虫の如くおびき寄せられる場所だった。見るからに、若さしか取り柄のない刹那的で享楽的な奴らがうじゃうじゃといる。

その中に、降り立った月城こよみも紛れた。昨夜と同じように髪を伸ばし顔を判別されにくいようにして。何しろこの辺りだとまだ顔見知りがいる可能性もあるからな。認識阻害で気付かれないようにしてもいいが、さっきの母子の部屋を後にする際に認識阻害が甘くなったりするなど、完全には力を使いこなせていない部分もあるから念の為だ。私でさえこの体で複数の力を同時に完全に制御するのは骨が折れる。咄嗟に戦うようなことになればそれこそ疎かになりかねん。

しばらく歩くと、目的の奴がいた。数人の人間と一緒にいる。いかにも力こそルールと言いたげな集団に囲まれた短髪長身で体格のいい、Tシャツにジーンズといういでたちの若い男だった。間違いない。そいつを取り囲む連中が何やら不穏な空気を漂わせている。やれやれ、野犬と同じだな。

そいつらが路地の方に移動していく。で、お決まりの集団でヤキ入れということか。芸がない。しかし相手が悪い。一目見て分かった。ヴィシャネヒルだ。ヴィシャネヒルが人間に擬態しているのだ。

月城こよみがその路地に辿り着いた時には既に勝負は決していた。まあ当然の結果だな。その路地の奥では、短髪長身の若い男が一人立ち、その周囲にはさっきまで威勢の良かった連中が呻き声をあげながら地面に転がっていた。

これが、本来のヴィシャネヒルの姿だ。こいつの餌は<暴力>。特に飢えている時などは人間を襲って食うこともあるが、それ以上に暴力そのものを好むのだ。しかも相手が強ければ強いほど美味いらしい。自らと拮抗するほどに強い相手の暴力を食らい、その上でそいつをぶちのめす暴力こそヴィシャネヒルの大好物だった。

ただ、知能はせいぜい人間の幼児くらいしかない。そして恐怖も持たん。で、近付いてきた月城こよみがただの人間でないことに気付き、無謀にも襲い掛かってきたのである。

そして、さすがに暴力を好むだけあって、力の使い方は慣れたものだった。繰り出された右の拳を避けようとした月城こよみの動きが読まれ、避けた先に拳が叩き込まれた。

「が、あっ!?」

中学生の少女相手にはあまりにも容赦のない一撃に、左の頬骨が折れる感触が私にも伝わってきた。見た目にも圧倒的な体格差から来る衝撃に、小さな体は人形のように地面を転がってしまう。

「くっ!!」

立ち上がろうとした月城こよみの腹に、今度は左の爪先がめり込んだ。完全に内臓を破壊するつもりの蹴りだ。腸が裂け、肝臓が破裂する感触があった。この時点で私は、話にならないと見限っていた。私の記憶にある通りにやろうとしたのだろうが、頭で考えて体を動かそうとしているようじゃ全然駄目だ。いくら知識があってもその通りに体が動く訳じゃない。

『やめろ。今のお前じゃ殴り合いでこいつには勝てん。やるだけ無駄だ』

ゴムボールのように弾き飛ばされてビルの壁に後頭部と背中をしこたまぶつけた月城こよみが咳き込みながら応える。

「うん……そ、れは、よ~く…思い知った」

聞き分けの良い奴は嫌いじゃない。そして私は言った。

『相手に合わせる必要はない。お前のやりやすいようにやれ』

その言葉に素直に従い、月城こよみの目に力が戻った。

「分かった。私のやり方でやる!」

そう答えた瞬間、月城こよみの髪が走り寄るヴィシャネヒルの全身に絡みつく。かつ躊躇なくそれを滑らせて、勝負は決した。後に残ったのは、無数の肉片に寸断されたヴィシャネヒルの体であった。

さすがにそれを直視はできなかった月城こよみだったが、相手が人間ではないというのが分かっていたからか、精神的なショックはそれほどではなかったようだ。この辺りも山下沙奈やましたさなとは違う。やはり私ということだろう。ただ、肉片となったヴィシャネヒルを消しはしたが、喰うことはなかった。人間としてそこは生理的に受け付けないということか。

地面をのたうち回っていた連中は命には別条なかったようだし、放っておく。そのうち誰かが救急車でも呼ぶだろうからな。姿を見られたがこんな話を信じる奴もそうはいないし、いたところで社会的には何の影響もない。ただの都市伝説で終わる話だ。

それにしても、恐らくそうだろうなとは思っていたが、やはり知識だけでは近接格闘は無理か。元々月城こよみはスポーツの類は得意ではなかった。思った通りに体が動かせないのだ。それはよりはむしろ、散々イメージトレーニングはしてきたであろう普通の人間にはできない戦い方の方が向いていることが分かった。今後はこの方向で戦うことにしよう。

手近なビルの上に跳び上がり、次の気配を探す。月城こよみとしてはグェチェハウの気配を掴みたいのだろうが、それは無理だ。この体では私にもそれはできん。

そんなことを考えてる間にも、次の気配を捉えた。やはりここからそう遠くない。しかもまたタイプは違うが手頃な相手だというのが気配だけで分かった。だが、そうやって次を想定している私に反して、月城こよみが不意にボヤいた。

「なんかもう、慣れてきてる自分が怖いな~」

ふん。かつてはこの種の超常の力に憧れて空想に入り浸ってたくせに今さら何を言う。

『お前が私である限り逃れられん。諦めろ』

冷淡な私の言葉に、諦め顔で月城こよみが応じた。

「へいへい。分かってますよ~だ」

月城こよみがこの種の軽口を叩く時は、ある程度のストレスを受け止めようとしてるのだということを私は把握した。口ではこう言っているが、その心の中では相応の覚悟を決めているのだろうなというのが私にも分かったのだった。

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