JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

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今川いまかわさん、どうしたんですか?」

刑事達が部屋を出て行った後、月城こよみは二人の会話を拾っていた。聴覚を共有することで私もそれを聞くと、若い広田がそんなことを口走った。まあ仮にも刑事をしてるだけあって、普段から一緒に行動してる今川の変化程度のことには気付けるということか。

「おかしい…筋が通らん……」

広田の問い掛けには応えず、今川が苦々しく呟く。それに広田が反応する。

「筋が通らないって、何がですか?」

いかにも使えない奴という雰囲気を醸し出す若い刑事に、今川の声が苛立ちを含んだものになった。

「お前はおかしいとは思わなかったのか? 今日の娘の様子を」

ほぼ答えを言ってもらっているというのに、広田はまだピンと来ていないようだ。

「いえ、別に…」

と、どうしようもない返事を返したその次の瞬間、「あ…」と声を上げた。何かに気付いたようだ。

「でも、昨日までと比べたら何だか落ち着きがない感じはしましたね。視線もきょろきょろしてる感じだったし」

その言葉を聞いて今川は少しホッとしたような気配を発した。本当に見どころすらない使えない奴でなかったことに安心したらしい。

「分かってんじゃねえか。俺が言ってんのはそういうことだよ。昨日までの娘とはまるで、いや、完全に別人としか思えねえ」

苦笑いを浮かべながらもやれやれと言いたげな雰囲気もある。だが広田の直感もそこまでだった。

「そんな馬鹿な。誰かが身代わりになってるとでも言うんですか?」

なぜそこで身代わりとかいう発想になるのやら。情けない奴だ。どこを見ているというのか。それを今川も指摘する。

「そうじゃねえ。本人なのは間違いねえんだ。耳の形まで完全に一致するソックリさんなんてのは居やしねえんだからな」

さすがに今川はちゃんと見ている。最初に違和感を感じた時に確かめたのだろう。耳の形、指の形、爪の形、どれほど似ていようと、別の個体であればどこかに差異が生じる。それら全てを確認した上で今川は言っているのだ。なのに広田の返事はどこまでも頼りない。

「あ、それ、聞いたことあります」

ここに至って『聞いたことあります』とは、本当に刑事かこいつ。耳の形を見るなど見当たり捜査の初歩の初歩だと私でも聞いたことがあるのにな。今川はもうそんな広田に構うのはやめたとばかりに自分の思考に入り込んでいる気配に変わっていた。

「外側は間違いなく同一人物なんだ。だが、まるで中身だけが入れ替わっちまったみたいだ」

正解。その通りだ。とは言え厳密にはどちらも私なのだが、あくまで人間である月城こよみとクォ=ヨ=ムイとではあまりに異質すぎるからな。しかしせっかく正解に辿り着いても、人間にはそれを正解として受け入れることはできないだろう。それを広田が表してくれた。

「いえいえそれこそ有り得ませんって。それじゃSFとかオカルトですよ」

人間としての限界を超えられない以上は、そうなるよな。今川もその点では広田と変わらない。だから正解に辿り着きながらそれを正解とは理解できないのだ。

「オカルトか…なるほど狸か狐にでも化かされてる気分だ……」

今川の困惑ぶりはかなり楽しかった。対象の細かいところまで見ているだけに余計に惑わされてしまうのだろう。これで警察を煙に巻けるとは思わないが、混乱はするかも知れん。その間に綺真神《きまみ》教の件を片付けられれば、あらぬ疑いは晴れる可能性がある。もっとも、月城こよみの両親が行方不明だということに変わりはないが。

ちょっとした余興に私が気を好くしていると、祖母が夕食を食べに行こうと声を掛けてきた。ショ=エルミナーレの騒ぎで営業を取りやめていたレストランが再開したのでそちらに行こうということだった。別に断る理由もない月城こよみがそれに従う。そして夕食を済まし、部屋へと戻った二人は、順に風呂に入ることにしたのだった。

先に月城こよみが風呂に入る。祖母が見ているのであれこれ言われても面倒だと、着替えを持って脱衣所に入ってから服を脱いだ。

「あ、そう言えば」

全裸になり自分の体を鏡で見た月城こよみが突然、声を上げた。部屋にいる祖母に聞こえる程ではないが、そこそこはっきりした声だった。

「胸を大きくしてくれたんだね。ありがとう」

って、そこかよ! 刑事を相手に緊張してたかと思えばそんなことを思い出すとはな。

「でももう1サイズ位大きくてもよかったかな~って思わないでもないかな~。楓恋かれん先輩くらいになると逆に大変かな~って思わなくもないけど憧れではあるよね~」

などと自分の胸を触りながら軽口を叩いていた月城こよみだったが、不意に俯き言葉を途切れさせた。数秒の間をおいて、絞り出すように言う。

「…刑事さんって、あんなに怖いんだ……ドラマとかアニメみたいに怒鳴ったりしないのに、すごい迫力だった……もう全部バレちゃってるんじゃないかって思ったよ……」

そう言った月城こよみの表情には、明らかな怯えが見えた。軽口はそれを誤魔化そうとしてのことだったようだ。夕食を挟んで既に三十分以上経過しているというのに、思い出しただけで体が震えてくるようだった。確かに、刑事の質問を受けていた時のこいつは憐れなくらいに委縮していたからな。だからこそ、今川は困惑してしまったのだ。とても中学生とは思えぬくらいに落ち着き払っていた昨日までの私が、一日経っただけで本当にただの中学生の少女になってしまっていたのだからな。

いくら私の力と記憶を持とうとも、やはり基本的には中学生の子供ということなのだろう。また、散々空想してきたであろう異形の怪物などと違い、刑事というのは日常で関わる可能性もありながら、かつ子供にとってはどこか遠い存在でもあった。空想とは大きく違っていたのだ。それでいて互いに生身の人間であるが故に非常に感覚的に身近な恐ろしさを感じ取ってしまったのかも知れん。

『確かに、お前達にとっては怪物よりもリアルに感じ取れる圧力はあるだろうな。だが、お前はよくやったよ。突拍子もないことを口走ったりせずにきちんと受け答えしていた。大したものだ』

それは私の本心だった。怪物に食われたなどと本当のことを口走っても仕方ないと思っていたのが、しっかりと知らぬ存ぜぬを貫けたのだからな。いっそ本当のことを喋ってもらっても構わないとまで思っていたが、見直したと言ってもいい。

「あんまり嬉しくないけどね」

苦笑しつつ風呂場に入って行く月城こよみを眺めつつ、これからどうするべきかを私は考えていた。今後もこの状況がどう変わっていくのか予測がつかない以上は出たとこ勝負ということになるのだろうが、昼のエヴィヌァホゥァハの件といい、刑事をあしらった先程といい、思った以上に使えそうだ。

人間である以上、あまり無理をさせては昨夜のようにメソメソ泣き出したりということもあるにしても、その辺りの加減を考えてやればなんとかなるかも知れん。今夜の狩りでその辺りを見極められる可能性もある。何ができて、どこまでできるのか。

一時はどうなることかとも思ったのが、これはこれで面白いか。これまでなかったことを試せるのは楽しみでもある。元はといえば人間として何ができるのかということも見てみたかったというのもきっかけなのだ。本当にただの人間としてはまあまあいろいろ経験してきた。こういうパターンもアリなのだろう。

今の状況を楽しみ始めている自分を、私は自覚していたのであった。

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