JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

回避された危機

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「それにしても、よく逮捕できたよね」

山下沙奈の件があった二日後の放課後、私はまた石脇佑香いしわきゆうかの鏡の前に座っていた。

「ん? まあ、物証があったからな」

こいつの言ってることが山下沙奈の件だということはすぐに分かってそう答えると、更に訊いてきた。

「物証? 証拠ってこと?」

しゃべり方がすっかり馴れ馴れしくなっている。だがまあそれはさて置いて、鈍い奴だな。まあ、いくら私達の側に来たと言っても本質は中学生だから仕方ないか。

「そうだ。山下沙奈の体内に、二人の体液があったからな。言い逃れはできん」

ここまで言ってようやくピンときたのだろう。「あ…」と一声発して黙ってしまった。

そうだ。あの後、山下沙奈はその証拠を得る為に警察病院とやらで内診を受けたのだ。それによって今回の二人の体液が採取され、しかも暴行が行われたのは一度や二度ではないことも確認されたのである。また、その痕跡は膣だけでなく肛門にも及び、山下沙奈が受けた暴行の凄惨さを如実に物語っていた。私は、山下沙奈の意識と繋がり続けることでその全てを耳にした。

「う~わ、ヒドイ…」

石脇佑香は、どこか軽いようでいて、しかしそれだけをやっと絞り出すように言った。こいつに残った<人間性>がそうさせるのだろう。

「…じゃあ、他の人達はどうなんの?」

しばらくの沈黙の後、ようやく少し落ち着きを取り戻したのだろうか、再び問い掛けてきた。

「何のことだ?」

何のことはだいたい分かっていたが、敢えてそう聞き返す。

「沙奈ちゃんに乱暴した他の人達だよ。まさか無罪放免じゃないよね?」

やはりその話か。

「ああ。そいつらも、立証できる奴はいずれ逮捕される。今は内偵中だろう。山下沙奈が受けた暴行は殆どが十三歳未満の時のものだから、ペニスが膣に挿入されていれば有無を言わさず強姦罪に当たり、公訴時効は十年だった筈。小学校二年の時のものでもまだ六年になるかどうかだ。それに山下沙奈の件では立証できなくてもそういう奴らは大体余罪があるだろう。そっちも調べてる筈だ」

私が山下沙奈の意識を通じて得た話を並べると、

「それならいいけどさ…」

と呟いた。

「なんだ。まだ不満か?」

納得出来ないであろうことは私にも分かっているが敢えてそう訊く私に石脇佑香は心情を吐露していく。

「う~ん…不満って言うか、そういう酷いことする人って他にもいっぱいいる筈なのに、そういうのを全部どうにかすることはできないんだねって」

誰しもがぶつかるであろうその思いに締め付けられているのが分かる。

「まあな。そんなことをしていたらキリがないからな。だから一罰百戒。明るみに出た奴が罰を食らい、戒めとなるということだ」

「なんか、納得できないなあ…」

「全てが納得できる社会など、五百億年生きた私にも作れん。そもそも<社会>という概念そのものがある程度の個や価値観の衝突を受容することが前提になってるんだ。

一切価値観が衝突することなく一つの目的に向かって全体が機能するものは、社会ではなく<装置>だ。そして装置の中に存在するものは<個>ではなく<部品>だ。

ある意味では、価値観の衝突による不条理そのものが社会というものだとも言える。また、社会に限らずこの世には存在そのものが不条理というものもいる。

そう、私のような存在がな。ましてやお前は、この私自身が不条理だということを身をもって思い知っただろうが」

ンブルニュミハによってデータにされた時の話を思い起こさせるように仕向けると、「そうでしたそうでした」と苦笑した。

「それにしても、沙奈ちゃんはどうなるのかな?」

陰鬱な気分になる話についてはさすがにもう十分と思ったのか、話題を変えてくる。

「しばらく休んだらまた学校に来るさ」

軽く答える私に戸惑いを隠せずに聞き返してきた。

「え? この学校に? 大丈夫かなあ?」

その懸念は分からんでもないが、無用の心配だな。

「どうせどこに行ったって山下沙奈の過去について下衆な勘繰りをする奴はいる。だったら味方もいるこの学校の方がまだマシだろう」

そう、この学校には山下沙奈の味方がいるのだ。しかしすぐにはピンと来なかったようだ。

「味方?」

やれやれ、あれだけ同情しておいてそれか。しっかりしてもらいたいもんだ。

「お前達のことだ。まさか同情するだけして力にはならんとは言わんよな?」

情けないことを言っている石脇佑香をぎろりと睨み上げて私は言った。

「も、もちろんですよ…!」

私の問い掛けに慌ててそう返し、さらに話題を変えようとしてか、

「沙奈ちゃんの怪物はどうなったんですか?」

と、少し言葉遣いを改めて訊いてきた。まあいいだろう。このくらいにしておいてやる。

「どうもせん。そのままだ」

私は淡々と返した。そこまでやってやる義理もないからな。既に存在そのものを食われて完全に一つになってしまっているから、簡単に済ますにはもう手遅れなのだ。

「それって、大丈夫なんですか?」

石脇佑香が心配そうに問い掛ける。

「さあな。それは山下沙奈次第だ。あれは人間の殺意を食って増幅させる。だが逆を言えば、取り憑いた人間が殺意を抱かなければ奴は何もできん。つまり山下沙奈次第ということだ」

そう答えたが、やはり一度では伝わらんかったようだ。

「え…と…?」と情けない声を出すこいつに、更に噛み砕いて説明してやった。

「私に負けてダルマにされた時、人間の姿に戻ったのは弱ったからじゃない。山下沙奈から殺意が消えたからだ。人間の表面的な意識は殆ど無くさせてても、ゲベルクライヒナが人間の殺意を必要としている以上、全てを完全に消してしまう訳にはいかんのさ。ダルマにされて文字通り手も足も出なくなって、冷静さが戻ったんだろう」

そこまで言ってようやく理解できたらしい石脇佑香がまた訊いてくる。

「じゃあ、沙奈ちゃんは月城さんを殺そうと思ったっていうことですか?」

いいところを突いてくるが、少し違う。

「いや、たぶんそれは違うな。山下沙奈が私を殺したいと思う動機が無い。恐らく私との会話中に過去に自分がされたことを思い出したのがきっかけになったんだろう。ゲベルクライヒナにとって必要なのは人間の殺意であって、誰を殺そうとしてるかはどうでもいいんだ」

それを聞いた瞬間に気配が変わる。何か恐ろしいことに気付いてしまったのだということが伝わってきた。

「…ということは、もし沙奈ちゃんが人混みの中で殺意を抱いたりしたら……?」

「その時はとんでもない無差別殺人犯の出来上がりということだ」

「…!?」

石脇佑香は絶句していた。かなり人間性が失われてメンタリティが私達側に寄ってきているとはいえ、まだ人間らしさは残してるせいで、本当に危ういところだったことに気付いてゾッとしてしまったのだろう。

もっとも、正確に言えばそんな単純な話でもない。殺意を抱いただけでは実はゲベルクライヒナは顕現しない。その殺意を実行に移そうとしなければ表には出てこれないのだ。

だから、こいつは正しく理解してなかったから敢えて説明は省いたが、山下沙奈が私に襲い掛かったのは、本当に私を殺す為だったんだろう。いや、厳密には少し違うかも知れん。『私に殺される為に私を殺そうとした』と言うのが正しいか。

そうだ。つまり、自殺する為に私に襲い掛かったということになる。となれば、自殺、すなわち、

『自分自身を殺そうとしただけでもゲベルクライヒナは表に出てきてしまう可能性が高い』

ということだ。山下沙奈が三人の人間を殺した事実に耐えきれなくて自殺を図ってたとしても、ゲベルクライヒナが野に放たれた危険性はあったのだ。

山下沙奈が三人を殺した後でわざわざ学校に来たのは、無意識のうちにそれに気付いて、確実に自分を殺してくれるであろう私に会う為にやってきたという可能性はある。警官などに殺させようとしても犠牲者が増えるだけだからな。とは言え、本人自身、具体的に意識してたかどうかは分からんが。

まあ、そういうことだ。

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