JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Hunting 3

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ケニャルデラを片付けられたのは良かったのだが、奴との邂逅は月城こよみをすっかり委縮させてしまっていた。だが私としては先を急ぎたい。少々無理をさせることになるかも知れないが、次を探す。

次の獲物もすぐに見付かった。と言うか、ビルの屋上に上った私の目の前を飛んでいたのだ。ギビルキニュイヌ。蝙蝠に似た姿とスズメバチに似た習性を持つ、低級な化生だ。しかしこいつは支配下に置けば実に忠実に働いてくれる奴らなので、使い魔としては割と人気のある奴だった。

基本的には肉食で、小動物を捕らえては巣に持ち帰り、女王や幼体の餌にしている。時には人間も攫ったりするが、人目も多いこの辺りではあまりそういうことはしないだろう。都会ではドブネズミが丸々と肥え太るので、主にそれを餌にしていた筈だから、人間にとってはむしろありがたい存在かも知れんな。

ただ、使い魔として人気という事は、綺勝平法源きしょうだいらほうげんによって使役されている可能性も十分にある訳で、確認の必要があるだろう。

私の目の前を飛んでいたそいつはまさにドブネズミを抱え、巣に戻ろうとしているところの様だった。私は髪を翼に変化させ、ギビルキニュイヌの後を追う。

するとそいつは、解体途中で工事がストップした廃ビルへと入っていった。まあいかにもこいつらの巣にうってつけの場所だな。人間には聞こえぬし見えぬだろうが、こいつらの鳴き声で結構騒々しい。最初に探っていた時も聞こえてはいたが、距離があったので後回しにしたのだ。

気配を殺し私も廃ビルに入る。ここまでくると臭いも相当だ。それはギビルキニュイヌの臭いだけではなく、こいつらが集めた獲物のカスが腐った臭いもかなり強い。しばらく歩くと、床に明らかに建築廃材やビルの破片とは異なるものが散乱しているのが分かった。人間の目では暗くて見えないだろうが、私には分かる。それらは、ギビルキニュイヌが食った獲物の成れの果てだ。しかも、ドブネズミなどの小動物の骨だけでなく、何人かの人間の骨も散見された。多くはホームレスなどの消息を絶っても気付かれない人間のものだろうが、中には明らかに子供と思しき骨も見えた。

この廃ビルの解体工事が中断しているのは、精々数年だろう。にも拘らず子供の骨だと?

どういう事情で攫われることになったか知らんが、これほどの都会で子供が攫われるというのは少々腑に落ちない。子供の行方不明事件ももちろんあるにはある。例のアパートの住人全員が行方不明になった件で行方不明になっている子供もその一人だ。だがその子は確か1歳だった筈。この骨は明らかにそれより大きい子供のものだ。恐らく5歳から7歳くらいか。それに適合する事例が無い。

という事は、社会に把握されていない子供のものだという可能性が高いな。もしくは、親などによって意図的にこいつらに供された可能性もある。

人間の社会と言うのもいろいろと闇が多いものだが、まさにその一端がここに垣間見えるという感じか。

月城こよみの意識には、ここでも少なくないストレスがかかっているようだった。特に子供の骨が見えた時には体がビクッと反応してしまう程だった。目を伏せて心の中でその境遇を悼む。クォ=ヨ=ムイにとってはさして意味もない行為だが、月城こよみの意識にかかる負荷を緩和するには有効な儀式だった。それによって、さらに奥に歩を進めることができた。しかもそれは、私が歩いていくことに抵抗するものが無くなったというだけでなく、明らかに前に進もうという意思を感じさせるスムーズさだった。子供が犠牲になるようなものを放っては置けないという意思かも知れん。ゲベルクライヒナやケニャルデラの時とは明らかに違う力強さがそこにはあった。

人間が持ってる仲間意識や正義感というやつか。まあいいだろう。ここまで少々、私が強引に付き合わせたのだから、ここは月城こよみの意図を汲んでやってもいいか。

ドアが外された部屋の出入り口から中をのぞくと、獣のような臭気に満ちたそこは、イベントなどを行う為のホールのような場所だった。その奥で何かがごそごそと蠢いている。ギビルキニュイヌの巣だ。ホールの奥の壁一面を覆いつくす巨大な蜂の巣を思わせる正六角形の集合体に無数のギビルキニュイヌがたかり、せわしなく動き回っていた。その姿はまさに蜂の生態そのものだった。

だが、蜂と大きく異なる点もある。

私は、ホールの出入り口の真ん中に仁王立ちになり、殺していた気配を今度は強くぶつけるようにして発してやった。その瞬間、ホール全体が地響きを立てて揺れた。巣の表面を動き回っていたギビルキニュイヌに緊張が走り、それが一瞬にして激しい攻撃衝動に変わる。無数のギビルキニュイヌがホールの中を飛び回り、私を威嚇してくる。しかしそれだけではなかった。奥の壁を覆いつくしていた巣が動き出したのだ。それこそがまさに、こいつらの一番の特徴だった。その巣そのものが、こいつらの女王なのだ。

女王は自らの体を巣にして子を産み、繁殖を行うのである。故に、女王に寄生し操り、巣そのものを自分の為に働かせる化生もいる。それと同じように女王を操ることでこいつらを使役することができるのだ。が、こいつらはどうやらそういうのではなく、完全に勝手にここで繁殖を行おうとしていただけのようだがな。

もはやどこが頭でどこが体かも判然としない正六角形の仕切りの集合体のような体を起こし、女王自らが私を威嚇するように牙を剥いた。べりべりと正六角形の集まりの一部が破れ、そこからサメを思わせる数千本はありそうな尖った刃が覗いていた。

だがもう無駄だ。いくら虚勢を張ったところでお前らに逃げ道はない。ホールの中では既に立ち上がることもままならないほどに大きくなり過ぎたその体は、この出入り口から出ることはできん。豊富な餌と天敵がいないこの環境に安心しきって体を大きくし過ぎたのである。愚かな奴だ。

巣を狙う熊を撃退しようとするスズメバチのように無数のギビルキニュイヌが私に襲い掛かる。しかし月城こよみ自身の強い衝動を味方につけた私にとっては、ただのゲームのようなものにしか過ぎなかった。それぞれを一撃で叩き潰し、撃退していく。

それでも数の多さを活かし私に食らいつくものもいた。さすがに手数では不利だが、その程度では私を食らうことなどできん。私は意識を集中し、髪の一本一本を全方位に向けて鋭く硬く突き立てた。グェチェハウに対して使った飽和攻撃と同じものだ。まあ今回はギビルキニュイヌが私に対して飽和攻撃を行ってきたものに対抗した全方位攻撃だがな。

私の髪で串刺しにされたギビルキニュイヌは全て喰ってやった。さすがに女王はこの程度の攻撃ではびくともしなかったが、兵隊を失った女王など、裸同然。憐れなものだ。歯を剥き出して私に食らいつこうとする女王に、粉砕する攻撃を食らわしてやる。体の表面が弾け飛び、女王は身悶えた。

が、さすがにデカいだけあって頑丈だな。しかも表面が弾け飛ぶことで奥まで威力が届かない。これでは捩じり込む攻撃も同じだろう。人間の体の私では攻撃力が足りん。

では、どうするか? 答えは簡単だ。『潰れるまで殴る』。何百回だろうと何千回だろうとな。こいつの兵隊共を喰ったおかげでエネルギーは充分だ。なら、それが尽きるまで殴り続けてやる。そして私はそれを実行した。薄皮を剥ぐように何度も、何度も、何度も、何度も。

どうせこいつはここからは逃げられない。兵隊共をけしかけてわざわざ私にエネルギーを供給してくれた。これはその礼だ。取っておけ。

私は何とか出入り口から逃げようとする女王の前に立ちふさがり、向かってくる度に殴り続けたのだった。

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